第82期 #37

預言者

「いらっしゃい」
 預言者の男は尋ねてきた女を部屋に招きいれた。女は色の白い美人。馥郁たる白梅。男は医者が見たら減量を命じたくなる肥満体。
「エアコン寒くない? 温度を上げる?」
「いいえ平気」
 女はつまらなそうに返辞をする。
「パフェを食べていたよ」
 男の部屋は粗末だった。畳敷きの六畳間で、押入れに時計とカレンダーと古びた一人暮らし用冷蔵庫、それから小豆色の天板が乗った安物の炬燵テーブル。そのテーブルの上に色鮮やかな食べかけのフルーツパフェがあった。男は畳の上に直に座る。女はその向かいに座布団を敷いて座る。男は額の汗を拭いながらパフェの赤いチェリーを摘む。
 女が尋ねる。
「明日、わたしに何が起こりますか?」
「そうですね」
 男は真面目な顔で相槌した。
 女は男の言葉を待った。目を閉じて長く細い二本の人差し指と中指で唇の輪郭をたどる。女の横顔は青みがかっている。夜中に部屋を暗くし、窓から入りこむ月の光を浴びているようだった。
 男が言った。
「明日のきみは死んでいます」
「知ってる」
「そうですか」
「私は九年前に事故で死に、それからずっと亡霊だもの」
「あはは」
 男は巨体を揺らして笑った。声は乾いていた。
 女は腹立たしそうに言った。
「そんなにおかしい?」
「いいや」
「明日になったらわたしは生き返るかもしれない。灰になったわたしの心臓に正常な脈拍が戻って、血が通い肉体が甦って。わたしは厚く盛られた土を跳ね返して地上に出る。そして明日にあなたとまた会う。願っちゃいけないかしら」
 むかしに女の恋人だった男は言った。
「きみは死んだんだ。だから明日もきみは死んでいる。そして俺はきみが好きだったパフェを思い出すたび食べている。おかげで太ったけどね」
 パフェの入ったグラスは逆三角錐だった。男はそのグラスを自分の前から女の前に移動させた。
「食べないか?」
「わたし死んでいるのよ」
 男は女の明日を知っていた。そして自分の明日も知っていた。明日は女の命日だから男は喪服を着る。巨体に似合わない小さな紅い薔薇を一輪たずさえ、恋人の墓を弔いに行く。
「あなたがそうやって毎日パフェを食べているから、わたしが死にきれないんだと思う」
「きみのことを忘れろっていうことか?」
「同じところをぐるぐると廻っていても仕方がないわ」
「亡霊のきみの前でパフェを食べる。そういう人生のどこがいったい悪いのか、俺にはさっぱり分からないんだけれど」



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