第82期 #24
「弁当、間違えたらダメだぞ」
私が学校に行くとき、義父は必ずこう言う。弁当と『お弁当爆弾』を間違うことのないように。
義父の職業は『掃除屋』。
世界の危険人物を一週間に数人『お弁当爆弾』で掃除するのが仕事だ。義父が弁当片手に出かける度にこの星は好転の兆しを見せる。
だけど義父が自分の仕事を誇ることは決してなかった。
「父さんは薄汚れた罪人だ。お前は絶対こうなってはいけないよ」
義父はタブラ・ラサだった私に何かを与える度にそう言った。普通の生活と普通の教育。沢山の愛情と思い出。笑顔。夢。思想。炊事洗濯。爆弾製作。護身術。エトセトラ、エトセトラ。そう、私の全ては義父で構成されていた。
爆弾作りを覚えた頃、義父に恩返しがしたくて「仕事を手伝いたい」と言ったことがある。義父に叩かれたのは後にも先にもその時だけだった。
「それだけはダメだ。そのためではない」
当時はその言葉の意味がよくわからなかったけど、義父の悲しそうな表情を見て間違いを犯したとだけは悟った。
その後私は、与えられた『普通の世界』に溶け込もうと努力し始める。そうすることを義父は一番喜び、故に恩返しになると思ったからだ。
努力の結果、私は国内最高学府に所属することとなった。『普通の世界の最高峰』に義父はこれ以上ないくらいに喜んだ。
「お前は父さんの誇りだ」
その言葉でつい涙が零れた。義父の一部となれたことが、少しだけでも恩返しができたことが嬉しかったからだ。
――しかし、後日。
義父は散歩中に死んだ。
お昼の弁当と、『お弁当爆弾』を間違えて。
今思えば義父は初めからそこで死ぬつもりだったのだろう。『その日に限って義父が私より先に家を出た』ことが全てを物語っている。
では何故? 一体どういった理由でそんな真似を?
皮肉なことに今の私ならその予想がつく。義父は私の成長を見届けた。即ちその自分勝手な『贖罪』を終えたのだ。
だから、死んだ。
でも。
私は今も叫んでいる。
父さん、それは違うよ。
私は父さんの否定をしたくて頑張ったんじゃない。
私自身をもって、父さんの正しさを肯定したかっただけ。
ただ、それだけだった。
爆弾を抱いてすすり泣く私を尻目に、世界は在りし日の姿へと戻っていった。義父が死んだあの瞬間から、この星は憎悪と怨嗟の輪廻に再び包まれたのだ。
鼻を擽る火薬の匂い。
その時、私は選択を迫られていた。