第81期 #8

White is Colorful

 押し入れの中を掃除していると、不思議なものを見つけた。クレヨンだ。どこにでも売っている12色入りのクレヨン。もう随分と古いものらしく、箱はすっかりくすんでしまっている。
 しかしこのクレヨン、箱を開けると白いクレヨンしか入っていないのだ。整然と並んだ12本の「白」は、いずれもほとんど使われた形跡がない。そしてその一つ一つには名前が書かれていた。
 えりこ、ゆか、よしみ……
 その中には私の名前もあった。私はすぐに思い出した。この不思議なクレヨンが生まれたいきさつを。
 20年前、私は絵を描くのが好きな幼稚園児だった。カラフルなクレヨンを使って、白い画用紙に次々と命を吹き込んで行く。私のクレヨンはみるみるうちに短くなっていった。しかし、白いクレヨンだけはほとんど使うことがなかった。紙はもともと白いのだから、白いクレヨンをこすりつけても何も変わらない。他のクレヨンが持つことさえ困難になるほど小さく擦り減ってしまっても、白だけは相変わらず新品同様だった。
 そして他の園児達のクレヨンも同様に、白だけはなかなか長さが変わらなかった。私はいつも不思議に思っていた。どうしてこんな意味の無い色がクレヨンの中にあるのだろうか? もしかしたら何か凄い使い道があるんじゃないだろうか? 結局その答えは出ないまま、私は卒園を間近に迎えた。豆粒ほどの小ささになったクレヨンを見た先生は何のためらいもなくそれらを捨てようとしたが、私は白を捨てることだけを拒んだ。「もしかしたら白いクレヨンもいつか役に立つ日が来るかも知れない。一度も使わずに捨ててしまうのは勿体無い」そう主張したのだ。
 こうして私は他の園児のものも含め、ほとんど使われなかった白を保管することになった。誰のものか見分けがつくように一つ一つに名前を書き、私のクレヨン箱に収めたのだ。
 この日の夜、私は懐かしさから久しぶりに幼稚園の卒園記念アルバムを引っ張り出してみた。クレヨンに書かれた一人一人の顔を写真で確認していく。忘れかけていた思い出が甦る。
 えりこはいつも泣いていた。ゆかは誰よりもオシャレだった。よしみは本を読むのが得意だった。私は絵を描くのが好きだった。
 あれから20年の月日が経ったが、相変わらず白いクレヨンが何の役に立つかはわからないままだ。でも、白いクレヨンは私の色褪せた記憶を鮮やかに塗り直した。



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