第81期 #45
喫茶店に入る。足首に纏わりついていた雪が解け始め、鈍い冷たさに変わる。
「七瀬さん、こっちです」
声のあった方に振り返ると、そこにはすでに持田がいた。高校卒業以来七年ぶりの再会だが、彼女の容姿にはほとんど変わりがない。
「悪いな、急に」
「いえ、私もみんなの話とか聞きたかったですから」
俺達は同じ高校の美術部に所属していた。俺は部員達の現状など知らなかったので、話は自然と昔にスライドし、いつしか彼女の俺に対する呼称も「先輩」になっていた。彼女は確かに変わっていなかった。こんな風に笑う少女であった。
少しの間のあと、持田が口を開いた。
「それにしても、先輩も変わってないですね」
「そうか」
「まだゲーム会社で働いてるんですか?」
「……いや、それはもう辞めた。今は、北上してる」
「北上、ですか?」
俺はゲーム会社のバイトを辞めてから無職になった。描く場所もないが、それ以前に何を描けばいいのかわからなかった。だからとりあえず旅に出た。
「ひたすら北に向かいながら、絵を描いてる。お前も来るか?」
冗談めかして言ってみる。だが彼女は笑わず、困惑顔を浮かべている。
「すいません。その、仕事があるので」
「……仕事?」
忘れていた。彼女と俺は違うのだ。
「平日のこんな昼間に俺なんかといて大丈夫なのか」
「ええと、はい、家でできる仕事なんで」
「ひょっとして、絵の仕事か?」
「はい。最近になって、絵本の挿絵とか、そういう仕事を色々頂けるようになって」
「そうか。好きな絵が描けてるのか」
「はい。充実してます」
「それは、いいことだな」
「先輩」
「頑張れよ」
「あ……はい!」
その時の彼女の笑顔を、俺はかつて一度だけ見たことがあった。
一年生でありながら、部内でただひとり選考会を通ってしまった時の笑顔だ。
その後、持田は仕事があるからと店を出た。
彼女の座っていた席をぼんやり眺めていると、いつ描いたのか、結露した窓に絵がひとつ描かれていた。
無意識のうちに俺はその絵に触れていた。
彼女の絵は繊細で、しかし大胆だった。七年経って、たとえ窓ガラスの絵でも、それは変わっていない。
しばらくすると、掌の熱で絵は流れ、やがて消えてしまった。俺は苦笑して立ち上がり、これからさらに厳しくなる寒さを思い、外に出た。