第81期 #41

 縁側で猫の喉を指先でこりこりしているときだった。ぽとり、と何かが落ちる音がした。
庭には柿の実が一つ落ちていた。庭に生えているものの一つが何かの拍子に落ちたのだろう。
私が差し出した手に体を擦り付けて寝ころんだ猫を裏返し、私は草履を履いて庭に出てその実を拾った。猫は私が離れていくのを惜しむように「みえお」とないた。
少々土がつき、また地面に落ちた所為で少々つぶれてはいたが、食べられない代物ではない。
私は心を躍らせ、この燈色の実を食すべく台所へ向かった。
 水道水で洗い、ヘタを取り、六等分する。若干熟れ過ぎている気もしたが、私はむしろその方が好きなので放っておいた。包丁で丁寧に種をとり、爪楊枝を一本、等分した実の一つにさし、六つ全てを皿に乗せて縁側へ戻った。先ほどまで寝ころんでいた猫は澄ました顔でちょこんとそこに座っていた。
 ひとつ、口に運んだ。歯で果肉を押しつぶすと同時に果汁が口に溢れた。私はそれを余すことなく口に入れ、舌の上で少し転がしてから胃袋へ流した。よく熟れた柿の芳醇な甘味が舌を覆った。粘りのある果汁が前歯の裏に張り付いたので、舌の先でなめとった。同様にふたつめも口に入れる。私はふと猫の方を見た。するとその猫はもの欲しそうに私の口元を見つめているではないか。
私は少し可笑しくなって、みっつめの実を小さく分けて猫の前に置いてやった。猫はぺろぺろとその実をなめ始めた。するとどうだろう。猫は急に奇怪な声をあげ、泡をぶくぶくと噴いたかと思うと、今度は赤い臓器を口から吐き出して絶命した。私はあまりのことにうろたえるでもなく叫ぶでもなく、ただただ絶句していた。

 後になって考えてみた。あの柿は果たして本当に庭の木のものだったろうか。私は落ちる瞬間を見てはいないし、また確認もしなかった。只単に猫が柿のアレルギーか何かだったのかもしれない。しかしもしあの柿が、あの強力な毒が、隣人による私への殺意の証であったならば、と思うと、私は恐怖で震えてならない。3年たった今、その真偽を推測すること自体が愚鈍なことのようにも思える。

 
 だが、たった一つ私が言えることは、私は柿が大の好物だということだ。



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