第81期 #4

鳴るよズキンズキンと

 ある日の夕暮れのこと。狼の俺様、それに双子のリスのどんどんとぐりぐりの三匹が腹減った腹減った言いながらブナの木に噛り付いていると「見てる方が辛いからやめろ」と熊のベア吉に叱られた。ベア吉は背中に鮭を乗っけている。
「だったら食い物よこせ」と俺様は吠えた。するとベア吉は俺様たちの目の前に、まだ濡れている鮭を放り投げた。俺様は鮭に飛びついて貪り始めた。どんどんが「なんでくれるの?」と愛らしい声でベア吉に訊ねる。
「鮭は飽きた」
「じゃあ何を食べるの?」
「今は人間だな。鮭や蜂の巣なんてダサいぜ」やめろ。
「人間ってどんな味?」今度はぐりぐりがベア吉に聞いた。聞くなよ。
「人間は文明の味がする」俺様は鮭を噴出しそうになる。
「文明の味ってどんな味?」ぐりぐりはよっぽど人間の味に興味があるらしい。
「一言で言えば、鉄の味だな」それは血の味だバカ。
「どんな人を食べたの?」どんどんが聞いた。
「今日は婆さんを食った。鉄と少し薬の味がした」確かにそうだった。
「おいしかった?」
「不味かった」確かに婆さんは不味かった。
「ごちそうさま」これ以上は耐えられない。さっさとここから離れよう。
「じゃあなリス共」
 どんどんとぐりぐりはハモりながら「ばいばーい」と前足を振ってきた。俺様は尻尾を振ってそれに応える。日はすでに落ちていた。俺様は森の奥へと歩き出す。奥に行くほど闇は濃くなる。人間は文明の味がする。ベア吉の言葉が俺様の体で燻る。俺様は茶色い地面に口を擦り付けて顔を綺麗にする。口の中はまだ鮭臭い。そうだ河で口を洗ってこよう。ついでに風呂も済ませよう。すると森の中で何かが鳴いているのに俺様は気付く。俺様の腹じゃない、さっき鮭喰ったし。それに雷でも鳥でもない。いや、やはり鳴いているのは俺様の腹だ。しかし鳴いているのは腹の外側だ。腹にくっきり残っているこの一筋の古傷が鳴いているのだ。あのバカ熊、思い出しちまったじゃねえか。気がつくと俺様は駆け出していた。水へ河へと走り出していた。河に着くなり俺様は固そうな水面に首突っ込んで、口の中をぶくぶくぶくさせた。さっさと失せろ鮭の味、今はそういう気分じゃないんだ。腹の古傷はまだ鳴る、ズキンズキンと鳴く。俺様はそれをかき消そうと、またぶくぶくする。ズキンズキンうるせぇよ。今更鳴くな。
 文明の味。真っ赤なあの娘を食ったときは、そんな味はしなかったけどな。



Copyright © 2009 健太 / 編集: 短編