第81期 #3

日記

 とある小学校のクラスでは、宿題として毎日の日記が決められていた。前日のうちに書かれた日記を提出し、それを毎日教諭がチェックする。
 ある日、教諭は一人の女子生徒の日記がおかしいことに気づく。はじめはふざけているのかと思っていた教諭だったが、数日のうちにおかしさの理由に気づいた。その女子生徒の日記には次の日、即ち教諭が日記をチェックするその日の出来事が書かれていた。女子生徒の日記は一日ずれていたのだ。
 教諭は驚くと同時に、これを金儲けに利用できないかと考えた。
 株、為替、競馬

 しかしそのどれもが小学生が日記に書くようなことではないし、それを書くようしむけることもできそうになかった。教諭があれこれ考えを巡らす間にも、女子生徒の日記には翌日のテレビ番組のたわいない感想や、翌日の友達との会話が書かれていく。そんな金にもならない未来の日記に、教諭は歯がゆい思いをしながら目を通していた。そして悩みに悩んだ末に、教諭は「宝くじ」という結論を得た。それは自分で好きな番号を選び、発売〆切の翌日に当選番号を発表する類のものである。これなら数字を書くだけでいいし、しむけるのも簡単そうだと踏んだ。
 しかし大金を得るためには、宝くじの発売が終わる前に――つまり日記を書くその日に、女子生徒の日記を読まなければならない。教諭はまず、女子生徒に宝くじの話題をして興味を持たせた。はじめはうまくいかずに苛立ちをつのらせたが、数週間つづけた結果、女子生徒は日記に宝くじの当選番号を書いてきた。それは確かに当選番号だった。


 そして教諭は行動に移した。宝くじ〆切日のホームルームを使って、生徒たちにその日の宿題をするように告げた。そのまま女子生徒の日記をみて、当選番号を知ろうとしたのだ。生徒たちは次々と日記を書きはじめる。が、女子生徒だけは日記を書かなかった。冷静さを装いながら教諭は促すが、女子生徒は「書けない」「どうして書けないのかわからない」と言うばかりで、一向に鉛筆を走らせない。早くしないと売り場が閉まってしまう。焦りから徐々に語気が強まっていく教諭に、ついに女子生徒は泣き出した。その泣き声で怒りは頂点に達する。
「どうして書かないんだ!」
 教諭は怒鳴りあげると、鬼の形相で女子生徒の首に手をかけた。


 女子生徒は「書かなかった」のではなく「書けなかった」ことに、元教諭は牢屋の中で気づくこととなる……。



Copyright © 2009 Loc / 編集: 短編