第81期 #29
僕には彼女がいる。
面白いものを見つけたら写真を撮って彼女に見せるし、嫌なことがあったら彼女に慰めてもらう。
好きな音楽、好きな本、好きな食べ物。僕と彼女の性格は似通っているようで、最低限の言葉さえあれば僕らは意思の疎通がとれる。
いままで友達もいなく、いつも一人ぼっちだった僕にとって、彼女はとても貴重な存在だ。
でもひとつ、もしもひとつだけ彼女に望むことができるとしたら、それは刺激だ。
やさしい彼女は僕のどんなことも赦してくれる。
でも、同時にそれが退屈でもあるのだ。
もちろん、今まで恋愛に対して何の努力もしてこなかった僕にしては、ここまでの女性は上等だと思う。やはり、これ以上を求めるのは贅沢なのだろうか。
などと、いまこんなことで僕が悩んでいるのには理由がある。
たった今、恋人とは別の女性に告白をされたのだ。
美人だ。
美人だが、着ている服や化粧の趣味、表情を見る限りでは、この女性は今まで僕が避けてきた類の人種で、付き合ったとしても、趣味はおろか会話すら通じないかもしれない、という不安さえ感じる。
でも、あろうことか僕は、いきなり現れたこの会話のできない女と交際しようか迷っているのだ。
この女性の放つ不安の香りは、美貌と入り混じり、怪しい魅力となっている。
今の恋人が持っていない、持っていてはいけないないものを、この女性は持っている。
しかし、今の彼女とは今まで喧嘩もなく過ごしてきたし、結婚した後の幸せな家庭だって容易に想像できる。
それを今ここで捨てるのか。
逆に、この怪しい女との生活を考えるが、こちらは全く予想がつかない。
唯一想像できたのは…。
いけない。そんな一時の快楽で今の彼女を捨てるなんて。
そのあと色々と考えたが、結局、答えを持って帰ることにした。
そして、帰ってから恋人に電話をかけ、今日のことを話してみる。
「今日さ、女の人に告白されたんだけど…」
「なにそれ。ふらなきゃ殺すからね」
今まで聞いたことのない彼女の鋭角な声に背中が粟立つ。