第81期 #30

ウッドストック

僕が好きだった女の子のことを話そう。丸顔で、背の低い女の子だった。自分の感情に素直で、よく笑い、よく泣く女の子だった。
放課後、彼女はよく一人で音楽を聴いていた。ヘッドフォンから流れている音楽にあわせた小さな鼻歌と、遠くにきこえる吹奏楽部の管楽器、廊下に響く靴の音。僕は彼女とは違うグループにいたので、それを遠巻きに見ているだけで、結局声をかけたことは無い。

彼女はあるとき急に学校にこなくなった。たまにきても、気分が悪いと言って保健室に入り浸っていた。ほかの人が話しているのを聞く限り、彼氏に振られたとか、家族と折り合いが悪いとか、そんな理由がいくつも重なったんだという。本当のところは、知らない。学期が変わるころ、彼女は静かに学校を辞めた。

当時、僕は彼女のどこか壊れてしまいそうな雰囲気や、あやうさに惹かれて、それがなにか特別な、瑞々しい感性のようなものの表れであるように思っていた。今思うと、彼女は単にちょっと心の弱い普通の女の子だったんだろう。壊れやすいからといって、透明とは限らない。ダイヤモンドだってきらきらと光輝いている。

それでも、僕は彼女のことが好きだった。今でも好きだ。彼女のことを思って何十回何百回何千回とオナニーした。自宅のトイレで、放課後の教室で、デパートの屋上で、ありとあらゆる場所で彼女のことを考えながらオナニーした。一日に最高8回した。最後のほうは何も出なかったけれど、それでも僕の右手は留まるところを知らず、あまりの摩擦熱に地球が温暖化してペンギンさんやシロクマさんが困ってしまってワンワンワワン、アマゾンの熱帯雨林はすべて砂漠と化し、太平洋からは水分が蒸発、塩分濃度が高まったことで、浮き輪が無くても体が浮くかわりに全ての魚介類が死滅。そして残された人類は僕と彼女だけになった。僕は叫んだ!世界の中心で!愛を!一方その頃、高まる塩分濃度と比例して急速に進化を遂げたイルカたちは、死の惑星と化した地球からの脱出を試みるべく、宇宙船の建造。自らの質量を虚数へと変えて超光速で遥か遠宇宙を目指し旅立つってなんだよこれ。わけわかんねー。実際、地球は滅びてないしおれは彼女でオナニーしてないしそもそも彼女なんていないよ。仕事だってないよ。無職だよ。この不況でお先真っ暗だよ。だから夢ぐらいみさせてくれよ。くそ!世界滅びろ!もしくは全人類が愛と平和に目覚めますように!



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