第81期 #28

布団の黴

 敷いてからいく日が過ぎたのかはわからないが、ふと裏返してみると、黒ゴマをまぶしたような黴が布団に付着していた。庭を掃除していた大家さんに訊ねると、フローリングの床のうえにそのまま布団を敷きっぱなしにしていたら、湿気が溜まって黴がはえやすいという。
「それじゃあ、布団の位置を毎日すこしずつずらせばいいんですかね」
「毎日干せばいいんだよ」
 干した布団は、どういう理くつかは知らないが、たしかに気分がいいし、黴もはえにくいのだろう。「はぁ、そうですか」といって、部屋にまた戻った。それにしても、布団である。このままにしておくわけにもいかない、ためしに濡れタオルでこすってみても、黴はいっこうにそのままだった。おもいきって、鋏で黴ぶぶんの布だけを切ってみると、白い綿が見えた。
 こんどは、白い綿をどうすればいいのかということになった。切り取った黴はこのままゴミ箱に棄てるにしても、綿が丸見えなのは不恰好だ。しかし、布団の裏を誰に見せるわけでもない。そのままにしておくのがいいだろう。意外にすんなり納得してしまった。
 つぎの日の朝、布団の裏に黴ははえておらず、その部分には綿だけがあった。なのだけれども、どうにも居心地がわるい。怪我をして血が流れているのに、かさぶたが出来上がっていないような気持になる。布団は肌でないから、意思とは関係なくかさぶたが出来上がって、知らないうちにもとどおりに治まっているということはない。毎日布団を干したとしても、見える綿は見える綿のままである。綿隠しのため、布をその場しのぎに用意したところで、ツギハギがツギハギでなくなることはない。
 これからは、布団を干さない生活を改善すべきである。そう思ったけれど、いまは布団問題が先決で、それ以外のことに気をまわしている暇はない。眠りながら夢を見ているときだって、綿は綿のままフローリングにふれているのだ。ゾクッとして、もしかすると、背中にも黴がはえているかもしれないと思い、鏡で確認すると、ただの肌だった。とうぜんのはなしだった。かりに、背中に黴がはえていたとしたらどうだろう。いや、それはそれで、二、三日日光を浴びれば治癒するような気はする。なんといっても人間である。
 玄関を出るときに、新しい布団を買えば万事が解決するということに気がついた。布団は買い替えがきくのである。同時に、そのためにはお金がいるということにも気がついた。



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