第81期 #22

無神教の祭典

 無神教の僧が「今日は我らの祭典がある」と誘ってきた。神を信じない人々に興味があったので、ついていくことにした。
 案内されたのは薄汚い路地裏で、この街に長く住んでいた僕でも初めて見るようなところだ。壁際に散乱するガラクタやシミが、普段はここが浮浪者の寝床だということを教えてくれる。
 だが今はその壁際に人々がまばらに並んでいた。服装は不揃いだったが、誰もが地味な格好だというところは共通している。こんな祭に参加するのは貧民ばかりと思っていたが、見れば血色のいい金持ち風の人物もちらほらと目に付く。
 いよいよ祭りがはじまった。一人の男を乗せた山車が引かれてくる。乗せられていたのはひどい皮膚病に侵された男で、大声でわめいていた。
「我こそは不幸な人間なり。幼き時分より病に苦しみ、祈りを重ねても癒えることなく、今に至るも醜い姿。神はいずこにありや!」
 その男はたしかに醜悪な姿だ。しかし叫ぶその声は生き生きしており、ひどく楽しそうだった。
 さらに別の山車が現れる。次の人物は粗末な布切れをまとい、皮膚が垂れる不健康な痩せ方をした男だ。
「我こそは不幸な人間なり。正当な努力により富を掴み、悪事に手を汚さなかったにもかかわらず、不運により一文無しに落ちぶれた。神はいずこにありや!」
 そう訴える彼の眼にも暗い色はなく、活力に満ち溢れた光が宿っている。
 そんな山車が何台か通ったところで、教会の鐘の音が響いた。
「祈りの時間だ!」
 そんな声がした。懐中時計を見ればちょうど礼拝の時間で、今頃大聖堂では神父と信者達が、手を合わせて神にひざまづいていることだろう。
 あたりを見回すと、ここでも一同が揃ったポーズをとっていた。だがそれは胸を張って両足でしっかりと立ち、両手を大きく広げて演説するような格好だ。
 そして皆で同じ文句を唱和しはじめる。
「神などいない。神を信じるな。神など甘え。神を信じるな。神など逃避。神を信じるな」
 その後も延々と神を否定する主張の声が続く。
 僕はふと疑問に思い、隣で案内してくれていた僧に小声でささやきかけた。
「なぜ、神を非難するのではなく否定するのですか? 単に神は、すべての人間を幸福にしたくないだけかもしれないのに」
 僧は口の両端を吊り上げて答える。
「本当は、我々がもっとも敬虔なのだよ」
 その表情があまりにも歪んでいたので、僕は彼が笑っているということにしばらく気づかなかった。



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