第81期 #19

妖精

 彼の名前は矢村守――二十六歳、独身。
 午前十二時五十分、夜食の醤油カップラーメンを食べ終えたところである。

 守にはスープに浮いた「油の玉」を一つ一つ繋ぎ合わせるという変わった趣味があった
 もちろん今夜も右手に割り箸を握り締め慎重に「油の玉」を繋ぎ合わせていった
 いつもなら途中で飽きてしまうのだが――今日の守は違っていた
 ニュータイプの如く的確に一つ一つ繋ぎあらせ三十分後には直径約十センチと五ミリの油の玉が二つになっていた
 そして、緊張で震える割り箸の先で残った油の玉を一つに繋ぎ合わせた
 達成感で身体が満たされたその瞬間――カップラーメンの容器の上で小さな爆発が起こった
 暫くすると爆発は納まり、カップラーメンの容器の上には人影のようなものが見えた
 「えーと……アナタ様は誰ですか?。」
 と、守は割り箸を握り締めたまま訊ねた
 「私はカップラーメンのスープに浮いた油を一つにしたときに召喚される『カップラーメンの妖精』ですみょん!」
 身長約三十センチ、大きな瞳に腰まで伸びた長く蒼い髪、抱えたレンゲ、原色系のコスチューム、そして――背中から生えた四枚の羽を「ぱたぱた」とはためかせてラーメンの妖精さんは元気にいっぱいに答えた……
 「ず、ずいぶんとピンポイントな召喚フラグなんですね――」
 守は召喚理由もさることながらラーメンの妖精が発する萌え系アニメ声優のような声と独特の語尾に少々目眩を覚えた
 しかし、そんな守の健康状態など無視して何やら嬉しそうに守の頭の周辺をくるくると羽ばたきながら妖精さんは続けた――
 「私を呼び出してくれたご褒美に時間を三十分戻してあげるみょん!」
 「へ? 三十分前……ちょっと待った!」
 「三十分前」という基本的な何かに気づいてしまった守はラーメンの妖精に向かって叫んだが……妖精さんは魔法のレンゲを大きく振り下ろしていた――
 「グッドラックだみょん!」
 ――守の居る空間がホワイトアウトした。

 彼の名前は矢村守――二十六歳、独身。
 午前十二時五十分、夜食の醤油カップラーメンを食べ終えたところである。



Copyright © 2009 てつげたmk2 / 編集: 短編