第81期 #17
男は織田のことを好いていた。人格がどうとか人相がどうとかではない。一個人として、恋愛の対象として男は織田のことを好いていた。ずっとずっと長い間胸にその思いを秘め続けていたのだ。だからその日、男の胸中が溢れてしまったのはどうしようもないことだったのかもしれない。
織田は夕焼けに照らされた帰路の途中、男に告白された。お前のことが好きだと。愛していると。同じ男である友人から告白されてしまった。当然のことながら織田は慌て戸惑った。いきなり何を言い出すんだこいつは、と目の前で真摯に自分のことを見つめている男の頭のことを心配してしまったほどだった。だが見つめてくる瞳に冗談の色は伺えない。織田は男の告白が真実であるということを悟った。
「……ごめん。お前の想いには答えられない」
沈黙を破ったのは、そんな織田の一声だった。織田には男色なんて趣味はなかったし、好きな異性がいたのだ。
「深津か……」
そう男が呟く。織田は一体どんな顔をしたらいいのやら分からなかったが、事実であったので頷くことにした。
「あんな女……あんな女のどこがいいんだよ!」
男が吠える。
「俺の方がお前のことを知っている。お前の好きな食べ物も、好きな本のジャンルも音楽も、もちろん嫌いなものだって深津なんかよりも知ってる。あんな女よりもお前に尽くすことが出来るんだ」
「でも、お前は男じゃないか」
織田が反論する。男は顔を真っ赤にして目に涙を溜めると、織田の服の裾を掴んで縋り付くかのように跪いた。
「お願いだ。お願いだよ織田。俺を好きだって言ってくれよ」
「……僕は柳葉のことが好きだよ。いい奴だと思ってる。でも、それは友達としての想いだ。恋愛感情なんかじゃない」
「織田、織田」
「しつこいぞ」
織田は一喝すると、男の手を振り払って一人歩き始めた。その背後で男がしくしくと泣いている。織田の胸がちくりと痛み、そして同時に大きな決意が生まれていた。深津に告白する。男とは言え、一人の人間の告白を断ったのだ、けじめをつけねばならないと思っていた。
翌日。織田の目の前には深津が立っていた。
「深津。俺、お前のことが好きだ。大好きなんだ」
「ごめんなさい。私あなたの想いには答えらない」
沈黙を破ったのは鈴のように鳴り響いた深津の可愛らしい声だった。
「柳葉か……」
そう織田が呟く。深津は目を伏せがちにぎこちなく頷いた。