第80期 #2
朝のバス停で、いつもと変わらず立ってバスを待っていた。
今日は普段より早い時間帯に登校しているのもあって、歩道に人通りは少なかった。
朝なのにしんとした静けさだけが耳に響く。停車位置となる標識のポールもどこか寂しげだった。
季節は夏に差し掛かっている。さっきまでは細かい雨も降っていた。
梅雨時なのもあって粘りつくような空気だ。朝方にも関わらず、じんわりと汗が滲む。
たまに車が通り過ぎると、生暖かい風が身体に絡みついていった。
そんなことを考えると余計に鬱陶しくなるから、なるべく考えないことにした。
標識の右隣でバスを待ちながら、ぼんやりと空を見上げる。
そこは、梅雨空特有の綿を広げたような雨雲で一杯だった。
――タッタッタッタッタッ。
不意に、誰かが駆けて来る靴音がした。
音のした方へ振り向むくと、ローファーを履いた女子高生が立っている。
軽く息を整えているのだろう。白いブラウスがそれに合わせてゆっくり揺れていた。
バッグを持つ左腕は華奢なのにどことなくしっかりとしていて、膝上のスカートからすらりと伸びた脚には、紺色のハイソックスがよく似合っている。
彼女は右足のつま先を立てると、地面をコンコン、と蹴った。
そしてバッグを逆の手に持ち替えながら、スッと右側に並んでくる。
その勢いで、スカートの裾が少し翻った。
空気と共に、何とも言えない甘くて淡い香りが微かに漂ってくる。
微香を辿った先には、腰まで届きそうな滑らかな黒髪。それが緩やかな川のように、さらさらと流れていた。
加えて、透き通るような白い肌と、光を帯びて揺らめいている漆黒の瞳――。
彼女の強い存在感は、脳髄に直接訴えてくるぐらい活き活きとした印象を残していた。まるで周りの景色から切り離されて浮き上がっている。
近くで胸元を見ると、ブラウスが透けていて薄く下着が見えているのに気づいた。さっき降っていた小雨のせいか。
その視線に感づいたのか、彼女は顔をこちらに向けると綺麗に整った眉をひそめた。
しっとりとした唇が力強く動く。
「どこ見てんだクソガキ」
その冷たく澄んだ声が耳の中に入ってくると、途端に頭の内側でドスを利かせて反響した。
この世の物とは到底思えない眼光が、尚もこっちを射抜いている。
張り付けにされた全身の血液は完全に凍りついて、ランドセルの肩ベルトを掴んでいた両手が、ガタガタ震えた。