第80期 #1
赤色をしたテキストとの睨めっこに疲れた午前零時。気晴らしで開いたブラウザには噂の動物園が紹介されていた。自然に近い環境がウリらしく、ペンギンたちが嬉々として雪の舞うプールに航跡を描いていた。その端っこに「サファリゾーンはこちらです」という案内板がちらりとみえた。
息抜きなんかやっている場合じゃない。現役で合格しなきゃ。
夕食でのことだった。うちは浪人生を養えるほど裕福じゃないんだよと、疲れた父の背中が無言で語りかけてきていたのを思い出す。
そう、やってるよ。ほんと。もう二年も前からずっとさ。クラブとか恋愛とか、他にもやりたかったことは沢山あったけど、ぜんぶ頭の中から追い払い、そんなものはこの世に存在しなかったことにして。まるでブリンカーをつけられた競走馬が脇目も許されずトラックを周回し続けるように。ぐるぐると、陽が暮れてもひたすら走り続けているよ。
進学塾なんて贅沢も望まなかった。センターまでなら自力でどうにかなるから。でも、難関って形容がつく門は思った以上に狭くて、寒い。
もう、凍えそうだよ。
あの動物園のサファリゾーンにはどんな動物が暮らしているのだろう。やはりサファリゾーンっていうくらいなのだから、ライオンやシマウマがいるのかな。
なぜか気になり、その動物園のHPを検索してみた。
やはりいた。
映し出された画像は、青々と茂った草原を背景にした、のどかな風景だった。きっと夏に撮影されたのだろう。サバンナを模した広大な敷地に草を食むシマウマたちがいる。でもその瞳はなぜか虚ろで、底の見えない穴のようにぽっかりと黒かった。たぶん遥か故郷に浮かんだ白い雲など見詰めているのだろう。
だけどいま季節は冬。青く茂った草原も枯れ野原でしかない。それどころか雪に埋もれ雪原と化しているはず。優雅な散歩なんて夢のまた夢。鉄格子の嵌ったコンクリートの箱の中へ放り込まれ、青空を望むことさえ叶わない。お前はただ、閉ざされた空間の中で壊れたおもちゃのように、ひたすら同じ場所を行ったり来たりするだけ。
「かわいそうに」おもわず私はそう口ずさんでいた。
ブラウザを閉じパソコンの電源を切る。
数秒の後、ディスプレーは真っ黒に落ちた。
その漆黒の底に自分の顔が沈んでいるのに気づきハッとした。
こちらを見ている私の眼は、シマウマの瞳にそっくりで、まるで心を宿していないかのような空虚な色に染まっていた。