第80期 #15
俺は別に計画性が無いわけではない。ひとより決断力があるだけだ、と今村に言い返した内容を思い出しながら、左手に持っていた鯖缶の食いかけを見る。
醤油色の油が溜まった鯖缶は、間取りすら見ずに安さだけで即決した築31年のこの部屋と瓜二つだ。くさい。絶対部屋のどこかで何かが腐っているし、窓の縁なんかはもう茶色のどろどろになっている。一刻も早くこんな部屋なんか抜け出したい。かと言って金もない。その時
「鳥になるのはどうだろう」
俺の頭中でひとりの俺が提案した。鳥になればこんなぼろい家からも抜け出せるし、自由に飛び回れる。鳩がいい。公園でたむろしていれば暇な爺さんがパン屑をくれ食うに困らない上に、アメリカまで飛んで行けば平和の象徴として持て囃される。これはかつてない名案だ。俺は今、鳩になって悠々自適に暮らすことを強く決めた。
そうと決めた俺は、早速寝間着をジーンズに穿き替え、でっかいリュックを背負って公園へと飛び出した。そしてベンチの周りをうろうろしている鳩を20羽ほど捕まえてリュックに押し込む。人間への警戒心を忘れてのんきに首を前後させるだけの鳩捕まえるのは思いのほか容易だった。周りの目を気にしない度胸と3時間ほどの暇があれば意外と鳩は捕まえられるのだ。帰りにホームセンターで接着剤とのこぎりを購入し、準備は完了した。
家に着くと俺は、リュックの中でぎゅうぎゅう詰めにされて元気のなくなった鳩を一羽取り出し、両羽を取り外した。他の鳩も同じようにし、取り外した羽は右翼は右翼、左翼は左翼で集め、それぞれを接着剤でくっつけ、巨大な1セットの羽にする。そう、これを以て俺は自由に飛び回る鳩となるのだ。次に、接着剤が乾ききった「羽」と自らの腕を交換するため、ホームセンターで買ってきたのこぎりで自分の左腕を落とした。めちゃくちゃ痛かった。血もいっぱい出てしまったし続きは明日にしようか、と心が折れそうになるほどの痛さだった。しかし、下手に明日に持ち越し
「昨日は痛かったなあ。もうあんなに痛い思いをするのは嫌だなあ」
などと臆し、ただの片腕がない男として生きるのなら、今のこの勢いで右腕も一気に落としてしまおう。そう考えたその時、思わぬ事態が発生した。
あ
右手にのこぎりを持ってから気付いた。
これじゃ右腕切れないじゃん。
今村の言葉を思い出す。