第80期 #14
目覚ましが鳴る前に目が覚めた、なにやら外が騒々しい。一体なにごとかと表に出て、俺は絶句した。
となりの山田さん宅は、五十坪ほどの広さの一戸建てなのだが、それがおびただしい数の警官隊に包囲されているのだ。さらにその後ろには取材のマスコミ、さらに数え切れない野次馬がひしめき合っている。
山田邸を見やると、昨日までとはまるで様相を変えていた。外の塀の上部には鉄条網が張り巡らされており、玄関部分には家具でバリケードが築かれている。窓という窓は板で目張りされ、まるで砦だ。
「観念したまえ、君たちは包囲されている」
スピーカーを手に、ドラマでお定まりのフレーズを叫ぶ隊長らしき男。
一体どうしたというのだ、これはただ事ではない。あの温厚な山田さんが何かしでかしたのだろうか? まさかな。物騒な事件にでも巻き込まれたのだろうか。
「お隣の方ですか?」
警官の一人に尋ねられた。
「はい、一体、何が起こっているのです?」
「話は後です、危険ですから家から出ないで!」
強引に家に押し戻された、訳が分からない。
日もすっかり暮れ、普段ならば閑静な住宅街は穏やかな闇に包まれる時刻だというのに山田邸の周りには投光器が何機も設置され、昼間のごとく煌々としている。築き上げられたバリケードから三メートルほどのところにはいつでも突入できるよう機動隊が盾を構えて待機している。上空には煽り立てるようなヘリコプターの爆音が響きわたっていた。
俺は、テレビのスイッチを切った。
「おい、メシまだか?」
「ごめんなさい、遅くなっちゃって。どう? 何か動きあった?」
「ないみたいだ。まったく、あんなに騒いでいるくせに何一つはっきりしたことがわからないなんて、マスコミなんて役立たずだ」
味噌汁をついでいた妻は、その言葉を聞くと不安そうに眉をひそめた。
「でも、それってもしかしたらわざと山田さんちで何が起こっているのか洩らさないようにしているのかもしれないじゃない。……わたし、なんだか怖いわ」
山田邸は一日中不気味な沈黙を守っていた。
バリケードと睨み合う警官隊。隣家の異常事態に、落ち着いて過ごすことなんてできやしない。
「いったいいつまで続くのかしら?」
夕飯の後片付けをしながら心配する妻を他所に、突如確信めいた予感が過る。
きっと今夜が山だ。