第80期 #13
失業から一週間目、実家に戻って近所を散歩していた。
またあの東京に戻る日が来るかどうかはわからない。あの喧騒の中で暮らした十年間は、他人と出会おうと思えばどこでも出会えたように思う。
故郷の風景は変わらない。人は減ったのかもしれない。車がなければ買い物にも不自由する。
幼馴染みであったあの子の実家も変わらない。ただ中は変わっただろう。あの子は結婚し、もう少し交通に都合が良い場所に引っ越した。記憶が間違ってなければ、今年二歳になる子供がいるはずだ。
創成川に沿って、並木が続く。子供の頃には、この散歩道が延々に続くと思っていた。実際に果てがある事を知った時、世界の狭さに少しだけ窮屈な憶いをした事を覚えている。あれは小学生の始めの方だったろうか。幼稚園のときだったかもしれない。
老人が釣りをしている。何か僕が言葉をかければ、老人は答えてくれるかもしれない。
答えてくれないかもしれない。答えてくれたところで、僕と老人の間にはなんの関連性もないように思えた。
一度ぼろぼろになった他人との関係性を、もう一度編み上げる気力はまだ沸き起こらない。
突風が木枯らしを舞わせた。振り向いた老人が僕に気づく。老人は何かを言いたそうに口を開いてから、何も言わずに川面に視線を戻す。
僕は煙草をくわえて、火をつけずに散歩道を歩き始めた。
悪いことさえしなければ、ヒーローに助けてもらえると思っていた少年時代。
過ちをおかしても、真摯に謝罪すれば許されるものだと思っていた先月までの僕。
僕の人としての浅さは、何も変わっちゃいないらしい。
老人が糸をたらす川下に、煙草を放り込んだ。
「にいちゃん」
老人が僕を呼びかけた。
「ポイ捨てはよくねえな」
「すみません」
「いいんだ。生きてりゃ良くねえことだって必要さな」
真意を掴めない言葉が返ってきたので、僕は沈黙した。
「元気だしなよ」
僕は礼の言葉を返して、その場を後にした。
「飛び込むのは、やめよう」
僕は確かめるようにそう言葉にだしてから、橋の上で最後の煙草を携帯灰皿に押し込んだ。