第80期 #11

普通の女

 変わり者だよね……前の夫に、何度そう言われたことだろう。
わたしは昨日まで重かったお腹を撫でながら、彼と、生まれてくるはずだった赤ちゃんのことを考えた。
 前の夫が再婚した。そしてそれと同時にお腹の子は消えてしまった。
 心に、穴が空いた。
 やはりわたしは変わり者なのだろうか。今の夫は、わたしの生い立ちを知った時、信じられないという顔と、失敗したとしかめた顔をした。そして気味悪がるような様子さえ見せた。普通だったら悲しむのだろうけれど、わたしはそれを気にもとめなかった。
 しょうがないよと思った。でも、どうして今になってそんなことを思い出すのだろう?
 わたしは普通の女だったらよかった。

 彼が再婚した日から三日が過ぎた。心の穴は何かを求めていた。
 冬。照る太陽さえも歯が立たない寒さの中、わたしはいてもたってもいられなくなり、ティーシャツに短パンだけで元夫の家へ向かった。ぼさぼさの髪はそのままに、化粧もせず異様に小汚い姿で。
 慰めて欲しい悲しんで欲しい――そんな気持ちで胸がいっぱいで、このときは自分のしていることが非常識だなんて思えなかった。


 見慣れたマンションの前に着くと、四階のあの部屋のベランダを見上げた。
 わたしには、懐かしい家に帰ってきたという気持ちが自然で、今は新しい家庭があってわたしは他人なんだという考えが不自然に思えた。
 見慣れた狭いエレベーターに乗って、いつものように四階を押して着いたら廊下を十五歩ぐらい歩いて玄関の前に立つ。そしてそのドアを開けて、「ただいま」と言ったって構わないんじゃないかと思った。
 元夫は少し驚いた顔をして、優しく迎えてくれるんだ。「遅かったね」って。そして、わたしは泣いてもいいのだ。
 前を向き、歩き出すと頬を涙をつたった。右手に握った包丁が重い。



Copyright © 2009 孝子 / 編集: 短編