第80期 #10
聞き飽きたチャイムの音が鳴り響いた。このチャイムは予鈴というやつで、五分後には五時限目の始まりを示す本鈴が鳴る。
「時間が経つのは早いわね」と木村美樹は呟く。
「全くだね」僕は頷いて、椅子から立ち上がる。
「今日はありがとう」彼女はいつもの笑顔を取り戻していた。
「どういたしまして」僕も笑顔を返す。
ふと、なんだか昔に戻ったみたいだな、と思った。しかし、一年という時間が生んだ壁はあまりに高くて厚い。僕はもう彼女に恋心を抱くことはないだろうし、たぶん彼女もそうだ。そもそも、僕が彼女の恋愛対象だったことなどなかったのかもしれない。僕達は人の波に乗って図書室をでる。喧騒に満ちた廊下の空気は、どこか清々しかった。それは図書室に篭っていたからか、彼女との話に夢中になっていたからか。たぶん両方だろう。
「それじゃ、またね」
「うん。またね」
彼女は別れの言葉を言うと、僕を残してその場を去った。まったく、昔から上っ面だけはどこまでもお嬢様だ。きっと次の授業に出るのだろう。あんな話をしたあとなのに――
僕は授業に出る気分にはならなかった。そして「授業なんて、つまらない日々の繰り返し」なんて思っていた。きっと、彼女との会話のせいだ。
吉井先生を殺してやるのよ。
図書館で彼女はそう言った。その後、「冗談よ」と言って笑ったけれど、彼女がそんな笑えない冗談を言うとは思えない。
つまり彼女は本気なんだ。本気で吉井先生を──
いつ殺すんだろう。どうやって殺すんだろう。――そもそも、なんで殺すんだろう。
彼女は殺意以外は何一つ語らなかった。
……いまさら問いただす気分にもなれない。自分で調べよう。そうすぐには殺さないだろうから。
気付けば僕は廊下にぽつんと独り。廊下はさっきまでの喧騒が嘘のように静まり返っていた。 それから五秒と経たずに本鈴が鳴った。
風邪で休んだことはあっても、サボったことはない。だから、僕はこういう時どこに行けばいいのかわからない。
帰ってやろうか、とも思ったけれど、途中で誰かに呼び止められるのは嫌だった。
「…………はぁ」
深いため息をついた後、僕の足は教室へ向かっていた。結局「つまらない日々の繰り返し」の中にしか僕の居場所はないのだ。
まあ、いいや。どうせ、5時限目の内容など頭に入らない。だったら、彼女と彼女の殺意について考えを巡らしてやろう。