第8期 #4
いまのふたりの距離だ。
こころが擦れ違えば傷を残す距離。
傷口からはするすると煙が立ちのぼり、息苦しくなる。
曇り空。
車内から、河を挟んだ向こうがわの土手沿いを眺めていた。
あたりには薄い灰色が張りつめている。
その下で河だけが流れた。
黙って窓を開けた。
「寒い」
「煙草吸うから」
こもった苛立ちが流れていく。
くっきりとした、感情のない外気が入り込む。
雨が降る。
はっきりと感じとれた。
だから、土手沿いの道を小さな女の子が歩いてきたとき、少し驚いてしまった。
河の向こうでその姿は小指ほどにしか見えない。
完全な静けさのなか、あまりにもゆっくりと歩いていた。
なんの意図もなく、まるいものはただ転がるのだというように、ゆっくりなのだ。
どこまでいっても辺りは静かで、女の子はその中心にいた。
その糸を切って、ランナーが路をやってくる。
女の子を追い越していった。
雨が降る、と警告している。
道端の冬の花が、すぐ下を流れる河が、小さな女の子を心配していた。
大きく膨らんだ雨雲は、長い腕を引っ込めようと苦心した。
しかし、それはいまにも大地に触れてしまいそうだった。
ポケットに手をいれ煙草を探す。
そうしているあいだにも、女の子は慌てることなくもとの静けさを繕いはじめた。
あたりに散ってしまったものをたぐりよせ、張りぐあいをちょっと確かめる。
すると、音のない景色が作られた。
女の子だけが歩みを進める。
なにも心配することはないというように。
ぼんやりと願った。
すぐ隣りで、彼女が息をつめる気配がした。
雨粒がフロントガラスを静かに濡らした。
雲は落としてしまった粒を慌てて拾おうとはしない。
じっと抱え込み、我慢していた。
それでも、また一粒、二粒とこぼれ、地面を打った。
もう限界に近い雲は、申し訳なさそうに最後のため息をついた。
「ねえ、早く行こうよ」
いらだった声に、我に返る。
窓を閉めると、見ているうちにも窓は白く曇り、外は見えなくなった。
煙草に火をつけた。
いつも、ちょっとした沈黙にそれは訪れる。
かたちが違うから、ふたりの間で擦れ、腫れあがる。
一日のうちの数十秒。
すぐに忘れるだろう。
薄暗い車内で雨の音だけが聞こえる。
相手を区別して、さまざまな叩き方をしていた。
軟らかい地面を叩く。
車のボンネットを叩く。
胸が少し、苦しくなる。
冷えきってしまった車内に、小さく息を吐いた。
それは薄い紫の煙になってするすると立ちのぼる。
雨は、たしかに降っていた。