第8期 #3

夢の列車

 東京駅午前八時。のぞみ四五号の発車ベルが鳴った。指定席に向かうと、二列シートを向き合わせて既に三人が座っていた。
「あの――」
「火星の砂さん?」
 微笑を浮かべた四十絡みの紳士が熊八氏、その隣の若者が竜卵氏、対面の若い女性が夢見草氏だった。ネットの友人達は初めて見る顔ばかりなのになぜか懐かしさが込み上げてきた。
 私達は夢見草氏のホームページで知り合った。彼女の夢に関するエッセイや書籍紹介、そしてリンクを辿るうち夢の不思議に魅了されてしまい、掲示板やチャットで意見交換するようになった。彼女は知人にホームページを明かしておらず、結果純粋に夢に興味のある者だけが集まった。中でも熊八氏は博学故に皆から慕われよく質問された。
「ニューロン内の微細構造体が量子力学的効果を発揮し人間の記憶や意識を生み出すという学説があります。脳には未知の能力がある。そして夢にその謎を解くヒントがあると信じてます」
 横浜を過ぎて、私達は熱々のホット・コーヒーとサンドイッチを買った。
「目が覚めちゃいますね」
「ぜひ京都まで行きましょう」
 夢見草氏がやや興奮気味に言った。
「今度実際にお会いする時が楽しみね。私、毎晩枕元にメモ帳を置いて寝るんです。起き抜けにまず見た夢を書き留めます。皆さんのこと、誰より詳しくレポートするわ」
「どういう意味ですか。つまり――」
 熊八氏が手で軽く私を制した。
「無理に思い出さないで。今を楽しみましょう」
 私はようやく思い出した。熊八氏は集合的無意識などの学説を紹介し、人間の脳はテレパシーの能力があると主張したのだった。私達は夢を通じて互いに通話できるのだと。
 一面識もない私達が別々の場所で同時に眠って、同じ夢を共有しようというのが熊八氏の提案だった。私達は時刻表を調べ、架空の旅行計画を共有し、繰返しそのイメージを話し合い、そして昨夜、同じ時刻に眠りに就いたのだった。
「でも、これはぼくの夢だ。さっき隣の車両で父に会ったんです。死んだ父に」と竜卵氏。
「ぼくがあなたの夢を覗いているなら、それは誰の夢だろう?」
「共有してるんだよ」
「どこで?」
「精神世界かな」
「それだとなんでもありだな」
「グヌテラなら? 脳が通話機でそれが繋がるだけで共有できるなら――」
 私達は話し続けた。興味深い話題ばかりが際限なく続いた。
「こんなに楽しい気分は初めてだ。まるで――」
「夢のよう?」
 私達は声を上げて笑った。



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