第79期 #9

真夏の雪

もう、嫌だ……

生きているのが……
楽しくない。
嬉しくない。
悲しみしか生まないこの世界にいる意味なんて無い。
それは、夏の暑い夜だった……
今居るここは、星の見えない東京の一番美しい景色が見える場所。
空の光が全て地上に降りてきたんじゃないかと思うほど、東京の街は美しい。愚かな人間たちが築き上げてきたものが、今、ひとつの光となって見える。世界が消えればいいと思った、全身死ねばいいと思った。
けれど……それを思っている自分が死ねば簡単に解決するとも思った。だから、僕はこの世界にさよならをする。靴を脱いで、遺書なんて無い。いや、振り返って見れば、僕には残せる物なんて何にもない。
覚悟を決めた時、ふと脳裏を過ぎる。走馬灯のように人々の顔が浮かぶほど、僕は人を愛せていたのだろうか?答えを教えてくれる人は居ない。答えを知っていなければいけない僕自身がわからないんだ。
そんなこと……わかるはずもない。
人生で最後のジャンプは僕に躊躇を与えた。と、同時にそれを上回る勇気をもくれた。一瞬の無重力の後、重力の手の平はすぐさま僕の足を掴み、凄まじい勢いで僕を地上へと誘った。夜の闇が僕の体を包み、目の前を眩しい光の群れが乱れ、飛び交う。不思議と気持ちは穏やかだった。僕の体を撫でては消えていく風は、僕の悲しみ、苦しみ、憤りを全て洗い流してくれるように感じ、心地良かった。
「ああ、気持ち……いい……」
これが僕の、この世界に残した最後の言葉だった。次第に視界は白くぼやけてきて、そして、真っ白に染まった……
 ――僕は 死んだのか?
雪……それは、確かに雪だった。
僕の記憶が確かならば、さっきまで僕が飛び降りた町、僕が生まれ育った町、桜木町に雪は降っていなかったはず。それ以前に、終わりかけとはいえ季節は夏だ。
おかしい。
……夢……なのか? 意識が、僕の体から離れない。 なぜ?
指が動く。痛みはない。冷たい地面の感触。
「(……生きてる……?)」
恐る恐る、目を開けてみる。白くぼやけた視界の向こうに見えるものが僕の記憶の断片にあるものを思い出させる。
「これは……雪……?」
いや、違う……夢にしてはリアル過ぎる質感……
雪が、思い出すよりも先に、その冷たさを僕の肌に感じさせてくれる。髪の毛に積もった雪を振り払いながら、薄い雪のじゅうたんの上に僕は立ち上がる。



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