第79期 #10
昔々,あるところにアリさんとキリギリスさんがいました。
アリさんはいつも一生懸命働いて、年金も払っていました。キリギリスさんは、いつも趣味の音楽を奏でてばかり。
あるときアリさんはキリギリスさんに問い掛けました。
「ねえ、キリギリスさん、そんなに遊んでばかりいて冬は大丈夫なの?」
キリギリスは答えます。
「先のことばかり考えても仕方がないよ、僕は音楽にかけているんだ、僕には音楽しかない、いや僕には音楽があるんだ。……アリさん、実は来週音楽のコンテストがあるんです。それに合格すれば僕は音楽でやっていける、それが僕の夢なんです」
夏の澄み切った青空をキリギリスはうれしそうに眺めていた。
キリギリスさんのコンテストの日がやってきました。
(大丈夫、あんなに頑張ったんだ、絶対大丈夫。)
しかし結果は第一次審査で不合格でした。 原因は明確です。
皮肉なことに練習のし過ぎで楽器がいい音を奏でなくなっていたのです。
(うちには買い換える余裕もない、せめて僕に盗人になる度胸があれば……)
冬。寒い寒い冬がやってきました。
夢断たれたキリギリスは気力もなく蓄え・食料もありません。家賃滞納で、家も追い出されてしまいました。コンテストに向けた深夜まで続く猛特訓のため、近所住民との仲は完全に冷え切り、もはやアリに頼るしかありませんでした。
ドンドンドン、「アリさん、アリさん」
ドアの向こうからアリが応えます。「やあ、キリギリスさん、どうしましたか」
「実は……」
キリギリスは事の次第をアリに告げ、せめて今日の食事と宿を頼みました。
「わかりました、少し待っていてください」
ホッとしたキリギリスはドアの前でしゃがんで待っていました。しかし、いくら待てどもアリは来ません。
夜の吹雪が容赦なくキリギリスの体力を奪っていきます。たまらずキリギリスはせめて中に入れてくれといいましたが、
「いや、せっかく来てくれたのでパーティーの用意をしているんです」
「もう少し待ってください。今メインディッシュの用意をしていますから」
などと言ってなかなか入れてくれません。やがてキリギリスは体が動かなくなり、意識が薄れてくるのを感じてきました。
そのときです。ガチャリとドアが開き、アリが出てきました。
アリは足元に倒れているキリギリスに、やさしい笑顔で言いました。
「キリギリスさん、食事の準備が出来ましたよ」