第79期 #7

Visitors

「ママ、また音がするよ」
息子は天井を指差していた。確かに人が往来しているような物音が聞こえる。
あの日以来、上の部屋は空いているはずなのに……。

あの日、子供会の旅行で訪れた那須塩原からの帰り道。私たちの乗っていたバスは東北道を南下していた。
遊び疲れた子供たちに保護者の殆んども眠りに落ちていた。最後に目にしたのは鹿沼インターまであと何キロという標識だった。急ブレーキを踏んだのだろう、突然シートベルトがきつく腹部を締め付けた。次の瞬間、物凄い衝撃音と共に体が大きく揺さぶられる。何が起こったか理解する間もなく目覚めたのは病院のベッドの上だった。
バスと大型トラックによる衝突事故であった。幸いにも私たち家族は命に別状はなかったのだが、アパートのすぐ上の部屋に住む小澤さん一家は全員亡くなってしまったことを入院中に知らされた。
小澤さんの一人娘である彩乃ちゃんとは、息子が同級生ということもあって家族ぐるみのお付き合いをさせてもらっていた。
あの日、もしも座ったバスの座席が左右違っていたのなら……。

退院してきたその日に、上の部屋からの物音はしていた。まるで事故なんてなかったかのように……。
誰もいないはず。小澤さん家族は亡くなっているのだ。そんなことはないだろうが、まさか……。

ピンポーン!

チャイムが鳴ったあと、聞き覚えのある甲高い声が耳に入ってきた。
「小澤ですけど、岡田さんいますか?」
お、小澤さんの奥さん?!
どうして?小澤さんは亡くなってるはずでは……。
「岡田さん!いらっしゃいますか?」
声はだんだん大きくなっていく。
「太郎くん、いるの?いるなら出てきて!」彩乃ちゃんの声もする。
これはあの世から小澤さん一家が迎えに来たに違いない。出て行けば私たちも天界に連れていかれるのだ。
「ママ、怖いよ……」
怯える息子を抱きしめて、声がしなくなるのひたすら待ち続けるしかなかった。


「やっぱりいるわけないわよ。岡田さんたち亡くなったんだから」
「彩乃、本当に見たんだよ!」
「窓に人影が見えたなんて気のせいよ。気のせい」



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