第79期 #6
猫に餌をやるな、と書かれた看板を見て愕然とする。今まで人に餌を貰って過ごしていたから、それがなくなればどうしたら良いかわからない。ゴミ捨て場などを漁る……?プライド的には構わないが、野良猫同士の競争も激しい。なんとかならないだろうか。
そんな不安を抱えながら、いつもの草むらでまどろんでいると、聞き覚えのある足音がした。いつもここを通りかかる女性だ。近くのスーパーで買ったらしい食品の入った袋を提げながら歩いてきて、いつもはこの袋から何かを僕にくれる。僕は女性に近づき求愛ように甘い声で鳴く。
「ゴメンね、もう食べ物はあげられないの」
本当に申し訳なさそうに彼女は言う。彼女の顔を見るのが怖くて、僕はO脚気味の足に目線を向けていた。
再び草むらに戻った僕は考える。まだあの人がくれなかっただけじゃないか。諦めるのはまだ早い。
たかが看板一つで劇的に状況が変わってたまるか。そうしていると、土木作業員であろう、ツナギを着たおっさんが通りかかるのが見えた。僕は演技でも何でもなく、悲痛な声で鳴く。
「なんだ、まだいたのか。もう餌はやれないんだ」言葉のあとに手を払うような仕草が見えた。僕はもう希望を捨てた。
何も食わずに、意地だけで生活して一週間。それでも毎日あの空き地に僕は行く。最初から餌なんて与えなければ僕だってここに来ていなかった。
僕の死体がここで見つかったなら、人々も自分勝手な行動を少しは悔やむだろう? そんなことを考えながら細い道を抜け、いつもの空き地に抜け穴から入ろうとすると、抜け穴がネットで塞がれている事に気付いた。意地だ、野良猫の意地を見せてやる。
ネットを破ろうと引っ掻いたり噛み付いたりして一時間、穴が開いて僕は飛び込む。と思ったら、地面があるはずの場所に足はつかず、足をバタバタさせる格好になる。そして重力に従い下に落ちた。
1メートル程の穴になっていて、すぐに足が着いた。これは何? そう思っていると、見覚えのある作業員が僕に声をかけた。
「お前、やっぱ来ちゃったのか。工事が始まるから住民にも話して餌を与えないようにすれば、工事で怪我しないかなと思ったんだけどな」
言い終わったあと、彼は僕を抱えあげてさっきの穴に戻した。彼はそれ以上語らなかったが、翌日から穴の入口に毎日食べ物が置いてあって、それを食べながら見る彼のツナギはドロドロだったのに何故か輝いてみえた。