第79期 #5
またこいつか。
友達や家族と過ごすプライベートな時間ですら台無しにしてしまうような、自分に付きまとうひとつの影。それに気づいたのは二ヶ月ほど前だっただろうか。
鍵は大家さんに頼み込んで、複雑なものに替えてもらい、昼でもカーテン等は決して開けなくなった。電話線は引っこ抜き、四六時中嫌というほど鳴り続けていた携帯電話は二週間前に電源を切ったままで、友達には修理を口実にして引き出しの奥に封印した。
気休めにしかならなかったが、そうするだけでも幾分かはマシだった。それでもやりようのない怒りを抑えるのにずいぶん苦労する。上京してきた独り暮らし先で、どうしてこんな目に遭わねばならないのか。
警察に相談しようかと何度も考えたが、どうにも踏み込みきれず、ひたすら耐える日々が続いた。
ある日、パソコンのメールはまだチェックしていないことに気付いた。まさかと思ったら、やはり新着メールの件数が三桁を越えていた。見なければよかったという後悔が、体中を包み込む。
(保護システムが最新の状態ではありません。更新の必要があります。)
キーボードに顔を埋めたその先の画面右下に、こんな警告文が表示された。
パソコンの知識なんてほとんどなかったが、ファイアウォールとやらが万全じゃないとかではないだろうかと素人ならではの単純な発想に到る。他にすることもなかったし、素直に警告文に従うことにした。
(最新の保護システムに更新しています……)
(メールボックスをチェックしています……)
(ネットワークシステムをチェックしています……)
(あなたの身の回りをチェックしています……)
ん?
見慣れぬ文面が出てきた気がしたが、すぐさま(更新が完了しました。)という表示に変わったので、気にせずそのままページを閉じた。
パソコンの電源を切って、布団に潜り込むと、すぐさま睡魔が襲ってきた。
「和実ぃー、遅いよ、まだー?」
翌朝。いつも通り友達が迎えに来た。
「はいはーい、今いくからね―」
返事をしながら私は急ぎ気味に支度を進めていく。バタバタと慌ただしい音の横で、テレビでは淡々とニュースが読まれていた。
「……昨晩未明、火事だとの通報を受け警察が駆けつけたところ、二十代の男性が遺体となって発見されました。現場は……」
プツン。
「お待たせー、じゃ行こっか」
……その日から、私へのストーカー行為は一切起こっていない。