第79期 #38

陽焼け畳の上で

 西日の差し込む古いアパートの一室、六畳一間のだべり場に、大学生四人が集まっていた。
 この年頃の男どもが揃って始めることなどろくなものではない。彼らもまた例外ではなく、先ほどまでヘタクソな麻雀に興じていたのだ。
 だが一人がトイトイばかりで半荘を四連勝したところで他の面子はすっかりやる気をなくし、雀卓の上に発泡酒の缶を散乱させるようになった。元来それほど麻雀狂いの面々というわけでもなく、顔を合わせて暇が潰せるなら呑み比べだろうが野球盤だろうがなんでもよかったのだ。
「毎回トイトイなんてずりぃぞ。しかも裸単騎にまでしやがって」
 この部屋の家主が不満げな声を出した。裸単騎だから4つの面子がさらけ出されていて待ちは読みやすい。だが全員素人なのであっさり振り込んでしまうのだ。
 言われた本人は悪びれずにこう宣言した。
「おう。トイトイは俺の嫁」
 その発言に誰もが感銘を受けた。麻雀の役が嫁。なんとも素敵な話ではないか。すぐに賛同の言葉が寄せられる。
「ホンイツ混ぜても浮気に怒らない健気さがいい」
「裸単騎って言葉がもうエロい」
「じゃあ俺の嫁はプジョー207」
 別の男がそう口を挟む。ここでもう話題を車に変えるあたりが、彼らにとって麻雀は比較的どうでもいいということを示していた。
「夫を支える妻か」
「新婚旅行とか楽そう」
「ずっと乗りっぱなしなんてエロい」
「よし、それなら女は俺の嫁だ」
「それは盲点だった」
「暖かくて柔らかいところがいいな」
「とにかくエロいだろ」
 さらに別の男が話題を繋げていく。正気を疑われそうな発言でも、周囲も酒で似たような知能になっているので心配はない。
 どうでもいい論評が集まり場は和やかになる。しかし、まだ嫁を決めていない男は不満げであった。
 女が嫁? なんでそういうオチっぽいネタを俺にとっておかないんだ。と、そう腹を立てていたのだ。
 だから投げやりな口調でこう言い放った。
「もう俺がみんなの嫁でいいよ」
『いや、それはいらん』
 即座に三つの口から同じ答えが返ってきた。
 彼はむくれて、卓上の雀牌をひっかきまわす。一人勝ちの男が片付けられていなかった自分の上がり手をなぜか死守した。
「もう終わってんだからいいだろ」
「こんなあっぴろげな面子、崩させるか」
 その様子を見ながらゲラゲラ笑って、それからしばらくして全員がその場で横になる。
 古い畳の香りの心地よさに、皆のまぶたは閉じていった。



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