第79期 #37

迎撃

「平和目的で打ち上げる人工衛星を迎撃すれば。我々は宣戦布告とみなし、すぐさま反撃にでる用意がある」
 軍人と思しき男性による過激な演説が、お昼のワイドショーを賑わせた。だが関係各国にはかなりの温度差があり、ミサイル発射を自省させるまでには至らなかった。
「アームストロング船長。宇宙はいかがですか」
「全て予定通り順調だ」
「人類の輝かしい一歩に世界中が期待しています」
「我々クルーは最善を尽くし任務を遂行するだけです」
 国会ではタカ派議員たちが「平和目的だかなんだか知らねえが、他人様の頭上へロケットを飛ばすなんざ、ふてえ野郎だ。迎撃により国家の威信を示せ」などと騒ぎだしていた。いつまでならず者をのさばらせておくのだ。そのうち侵略してくるに決まっている。ここらへんで軍事レベルの差を解らせてやるのが親切ってもんだ。というのが彼らの言い分らしい。
 それに反論する野党は、対話こそが和平実現への道だと抗議した。文化の違いはあれど、平和に暮らす権利があるのは皆おなじはず。対話で解決するべきだと主張して譲らない。
 国民の意見は総選挙によって信を問うべきだとあるのだが。執念で首相の椅子を手に入れた総理は、いっこうに退こうとしないのであった。
 頼みの綱であり最強にして無敵の同盟国は「俺らの領土に届く可能性はゼロなんだから、迎撃しなくていんじゃねえの」と言いだすしまつ。
 そしてついに打ち上げが一週間後と迫ったところで「国民に危害が及ぶ場合のみ迎撃を許可する」との決議が下されたのであった。
 首都近郊の基地では最新鋭の迎撃システムが不気味な迷彩に包まれた姿を現し、出番がくるのを今や遅しと身構えていた。
 やがて不安は現実のものとなり目の前に突きつけられた。
「ロケットの弾道が低すぎる。このままではっ……」レーダーを睨んでいた防衛大臣は、タコのような頭をさらに赤く紅潮させ叫んだ。
「迎撃開始」
 オペレーターの指が鞭のようにしなり迎撃ボタンを叩いた。
「まさか、本当に有事が発生してしまうとは」一報を受けた総理は口をタコのように捩じり絶句した。
 そのころアームストロング船長は火星の周回軌道を飛ぶ宇宙船の窓辺に立ち、クレーターに覆われた大地から昇りゆく地球の碧さに感嘆していた。
 無慈悲な迎撃ミサイルは一切の感情を捨て、正確無比に目標へと飛翔してゆく。
 数十秒後。ナサのレーダーから宇宙船の航跡を示す光の点が消滅した。



Copyright © 2009 三毛猫 澪 / 編集: 短編