第79期 #29

からから

俺はのどの渇きに耐えかねて水(飲料水)を求めて手近にあった喫茶店へかけこんだその度合いは冒頭一字あけと句読点をわすれるのにじゅうぶんすぎるほどであった

「とにかく水だ水ミミズじゃないぞ水をくれいやならなんだミネラルウォーターの水割りをいっぱい」
 店主、あるいはマスター、マスターオブサテン、サテンの主人いやむしろ主人公、突然の予期せぬ客に2πrの二乗のごとく目を丸くする。洗われていたグラスが、洗われきらぬうちにがちゃぴんと店内をにぎやかにさせる。
「当店にはウォーターすなわち水はございません。代わりと言っては何ですが、烏龍茶ならご用意できますが」
「ああなんでもいいからはやく」
「左様でございますか。ありがとうございます。そういたしましたらこちらの烏龍茶、赤烏龍茶青烏龍茶茶烏龍茶とありますが、どれになさいますか」
「ええ何だってもういちど」

(作者ナレーション)
 これは、人づてに聞いた話なのだが、かの石田三成が小坊主だったころ、鷹狩帰りの秀吉がふらり立ち寄ってお茶を所望したのだそうだ。最初はぬるいお茶をたっぷりと、そうして二杯目は熱いお茶を少しだけ出したそうだ、さてどうしてでしょう。

「すまぬ。俺が悪かった。金さえ払えば何をしてもいいだろうという悪しきジョーシキに縛られていましたすみません、あの……では、赤烏龍茶を一杯いただけますか」
 あいや待てよ、と俺は考えた。烏龍茶に赤も青も茶もあるわけないじゃないか(赤はあるのか?)。早口言葉にすらなっていない(と思う)。ひょっとするとこのマスターオブカリビアンのやつ、茶烏龍茶って言いたかっただけなのかもしれない。そんな店長には「茶化すなよ」とおべん茶らでも言っとけばよかったんかな。
 俺の思いを察したかマスター、グラスへ氷を入れながら語りだす。いいからその氷を俺にくれ、とはもはやおいそれと口にできない。
「喫茶店なんてものはね、ほんとうはね。メニューに書いてある商品自体の魅力に優劣なんか無いってことなんですよ」
 たぶん、何か別のことを言わんとしているみたいだが、もう俺には話の展開が全くわかりませんすみません。
「つまりこの店は、お客さん自身の能力が試されている場所という一面も含んでいるってことです、むしろそうとでも思わなければ、生きていけませんという話ですな、そう思うでしょう、はい赤烏龍茶ひとつ」
 俺は、きんきんに冷えたお茶をぐびぐびと飲み干す。



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