第79期 #28

アカシック・レコードをめぐる物語 研究編

 二十世紀、物理学はふたつの大きな発展を遂げた。ひとつは巨視的な時空を記述する相対論、もうひとつは微視的な挙動を記述する量子論である。その量子論の根幹である不確定性原理によって、すべての事象は確率で記述されることが示された。
 これによって予言は否定されたはずだった。しかし、偶然に発見され研究所に厳重に保管されている夜の闇よりもなお暗い漆黒の小さな球体、アカシック・レコードは、それでも確率でしか記述できないはずの未来を予言し続けている。発見以来、研究所ではアカシック・レコードが本当に未来を記録しているか否かの研究が続けられている。しかし、ある結果を得る以前にアカシック・レコードからその結果を知ることが禁止されているため、研究成果はまったく上がらない。結果はそこにあるとわかっているのに何のための研究なのかという疑問が研究所を覆う中で、ある若手研究者から突飛な実験が提案された。その実験はこれまでの研究を無にしかねないものであるが、否定という明確な結果が得られるのであればと承認された。
 研究所には似つかわしくない巨大な油圧装置が研究所の地下に設置された。装置が完成し、動作確認がされ、いよいよ実験を開始する段になって、若手研究者は言った。
「この実験の結果は、アカシック・レコードに記録されていますか」
 結果を得る以前にアカシック・レコードから結果を知ることが特別に許可された。
「失敗すると記録されています」
 それを聞いた若手研究者はひとつ頷いて、この実験が成功すればアカシック・レコードはすべての事象を記録する役割に反するものであることが証明される、と言った。実験とは、アカシック・レコードの破壊だった。装置の中央にアカシック・レコードが置かれ、すべての安全装置が解除され、作動のスイッチは若手研究者によって押された。装置の計器類はすぐに危険を示したが、無人の地下で実験は続行された。
 五分後、大きな衝撃が研究所を襲い、すべての計器が表示を止めた。大破した地下には立ち入ることができなくなってしまったため、アカシック・レコードは掘削によって回収されることとなった。研究所には似つかわしくない工事は数ヶ月に及び、そして漆黒の小さな球体が回収された。地上にあった研究設備がいくつも損傷したのにもかかわらず、それには傷ひとつなかった。
 若手研究者は何食わぬ顔で、土砂を運ぶダンプ車の中にそれを捨てた。



Copyright © 2009 黒田皐月 / 編集: 短編