第79期 #2

水分茶屋 中川口物語ー塩舐め地蔵

「ちっとだんな。なとかしてくださぃな」
店前で籐衛門は聞き覚えのあるだみ声に振り返った。
「これはおふみさん。好いお天気で」
「天気なんかどうでもいぃんだよ。又あの悪餓鬼共が、」
「まあまあ、立ち話もなんだから店で麦茶でもどうですか」

大声でどなっていたふみ婆さんは急に愛想笑いをしていそいそと中に入る。

「この辺じゃあ昼間っから暇そうにしてる男衆はあんたぐらいなんだから」
と切りだしたのは近所の子供たちの悪戯の話だった。

水分茶屋の近くに宝塔寺という寺がある。
境内はさして広くもないが、入り口近くに、塩舐め地蔵と呼ばれる地蔵が祭られている。
前を流れる小名木川には行徳の塩が運ばれ、それを供えていたのでそうよばれるようになったらしい。
ふみ婆さんが言うには、その地蔵の塩で、子供達が雪投げのような遊びをしていて
信心深い老婆としては黙っていられなかった。

「そもそも、ここぃらの餓鬼共が言う事を聞くのはあんただけなんだ。子供らにただで、茶や団子を食わせるから聞くんだろうけどね」

そう言っている婆さんもその一人だった。

「家の亭主も近所の百姓も皆、昼間は働いてる。みずわけ茶屋の主なんてのんきな、、」
「あっ。みずわけじゃあなくて、みくまり、なんですが、」

話の腰を折られた、ふみ婆さんは、目を吊り上げいよいよいきり立った。
「どっちだっていいんだよ。ともかく、子供達の悪戯、なんとかしておくれ。あんたが甘やかすから頭に乗るんだ」

「ふみさんの仰る事はわかりました」

なだめる様に団子を一皿、そっと差し出す。
「こんな話を聞いたことがあります」と籐衛門は語りだした。

昔、子供達が地蔵を縄で縛り、道を引っ張って遊んでいた。
それを見た老人が、子供達を叱りつけ、地蔵を元の場所に戻した。
老人は、善い事をしたと、その晩気分よく床についたが、夢の中に地蔵が現れ
「せっかく子供達と仲良く遊んでいたのに、何故邪魔をするのか」と叱られたという。

「結局、善いとか悪いとかは、見方を変えれば違ってくるんじゃないですか」
「ふぅん。そんなもんかねぇ」
ふみ婆さんは、茶を飲み終えると帰っていった。

数日後、又、ふみ婆さんが水分茶屋にやってきて
「こなぃだ、見方を変えるって、あんた言ってたけど、やってみると面白いもんだねぇ」
と、にやにや笑っている。

「ほら、あの八百屋の息子。よく見るとあんたそっくりだねぇ。他所で子供拵えているか
ら他んちの子供にやさしいんだろう、、」



Copyright © 2009 東 裕治郎 / 編集: 短編