第78期 #14

アイヨリモ、コイナラバ

 わからない。ああ、俺にはわからない。たとえ永遠だと誓った愛でさえ、いともたやすくその火を消してしまうものなのだろうか。ああ、なんという無常のはかなさよ。
「私のこと、愛してるって言ったじゃない」
 森の奥ふかく、月夜に照らされた沼のそばで、全裸の美女が叫んだ。悲痛な叫びは、しかし俺の心を揺さぶらない。それを信じられないとばかりに、彼女はことさら声を荒げる。
「あれはうそだったの?」
 俺はうつむいたまま、貝のように押し黙っていた。
 彼女は波うつ金髪をふり乱し、うめきながら、その美しい顔を涙で濡らす。冴え冴えとした白い肌が、月光を照り返すように輝いている。こんな時でさえ、彼女を綺麗だと思うのに、愛しさはもはや微塵も感じられないのだ。
「ごめん」
「あやまらないで!」
 彼女は俺の言葉を必死ではねつけようとしている。けれど、もうどうしようもない。
「あなた、私のすべてを受け入れるって言ってたでしょう?」
「うん」
「ほんの、ちょっと前のことよ」
「うん」
「私の正体が人魚だとしても」
「ああ」
「それなら、どうしてよ……」
 俺だって、自分を、救いようもなくひどい男だと思っている。

 彼女が自身を人魚だと言い出したとき、その電波ぶりは受け入れられた。ただ、へんなところのある子なんだな、と思ったのだ。
 でも、彼女はほんとに人魚だった。すくなくとも人じゃなかった。数ヶ月まえ、沼から上半身を浮かせたまま、上下に揺れることなく水平に右往左往してみせたり、二時間ほど泥に埋まって生還してみせたりした。
 当然俺は逃げ、彼女とは距離を置いた。混乱のあと、悩み、苦しみ、そうしてみて俺は気がついてしまった。彼女がたとえ人でなくとも、やはり俺には彼女が必要なのだと。俺、なんとしても彼女を受け入れられる。妙な高揚すらもあった。
 月明かりに、美麗な上半身を惜しげもなくさらし、打ちひしがれる彼女は退廃的な魅力に満ち溢れている。
「なにが、いけなかったのよ……」
 意を決して、俺は声を張りあげた。
「結局、ストライクゾーンの問題なんだよ!」
 月の光にうつるのは、ぬめぬめとしたドジョウの尾。
 俺の愛はドジョウに負けた。
 張り裂けんばかりの無念さに俺は涙する。
「コイならたぶん、ギリでいけたのに」
 しんとした森の奥、俺の声がこだましていた。沼のほとりには、重い闇がのしかかっていた。
 月がかげるのも、気付かなかった。



Copyright © 2009 葉月あや / 編集: 短編