第77期 #4

『時を忘れた時計屋の話』

 柱時計の鐘が12回だけ鳴り響く。
 時計屋の腕時計は11時を差していた。
 ため息をつき、時計屋は、修理道具を携え、立ち上がる。
 古ぼけた柱時計の姿がそこにあった。
 木枠、文字盤、真鍮の振子、くすんだ硝子戸、無駄な装飾。
 柱時計の前にしゃがみ込んだ時計屋は、年季の入った柱時計のその佇みに、時間の果ての恋人を思い出す。
 君のいうとおりだったよ。
 時計屋は、ようやく自らを縛る時間の鎖の存在に気付いたのだ。
 そう、恋人が散々口説いていたにも関わらず。
 だが、今となってはどうすることもできない。この独りには広すぎる静かな屋敷の、広間で、誰かの面影を何処かに感じながら、時計屋は時計の鐘を聞いている。
 この時計には時間が詰まっている。かつて、誰かが生きた時間が。
 予定調和を崩さないためには、壊れてしまった時計を直さなければならない。
 時計屋は、道具を拾い、時計に手を当てる。
 指先から時間の稲妻。恋人の声と耳鳴り。
“時間に囚われないで”
 一瞬の煌めき。

 衝撃に道具を落としてしまう。時計屋の目の前で、時計は輝き震える。腕を伸ばし、時計屋は静かに近付く。

 一瞬の煌めき。
“時間に囚われないで”
 指先から時間の稲妻。恋人の声と耳鳴り。
 時計屋は、道具を拾い、時計に手を当てる。
 予定調和を崩さないためには、壊れてしまった時計を直さなければならない。
 この時計には時間が詰まっている。かつて、誰かが生きた時間が。
 だが、今となってはどうすることもできない。この独りには広すぎる静かな屋敷の、広間で、誰かの面影を何処かに感じながら、時計屋は時計の鐘を聞いている。
 そう、恋人が散々口説いていたにも関わらず。
 時計屋は、ようやく自らを縛る時間の鎖の存在に気付いたのだ。
 君のいうとおりだったよ。
 柱時計の前にしゃがみ込んだ時計屋は、年季の入った柱時計のその佇みに、時間の果ての恋人を思い出す。
 木枠、文字盤、真鍮の振子、くすんだ硝子戸、無駄な装飾。
 古ぼけた柱時計の姿がそこにあった。
 ため息をつき、時計屋は、修理道具を携え、立ち上がる。
 時計屋の腕時計は12時を差していた。
 柱時計の鐘が11回だけ鳴り響く。



Copyright © 2009 石川楡井 / 編集: 短編