第77期 #3

一滴の救い

 それはお母様のためなのよ。わたくしが、お屋敷の奥座敷でお兄様と、あられもなく絡みあい、抱き合うのを見せたのは。
 あとでわたくしの房(へや)にいらして。お母様にそう告げておいたの。お兄様がわたしと、たいそう、むつまじいころを見はからって。
 うすぐらい奥座敷には、あまい汗の匂いと、微熱に満ちていたわ。お兄様はわたくしのとりこ。わたしくのすべてを、吸い取り、奪い去り、支配しようと切望し、それが適わぬことに焦れている、かわいそうな獣なの。
 天は咎めはしないでしょう。連れ子の兄など、あかの他人。うつくしい女を前にして、恋こがれるただの男。いじらしくも可愛らしい、途方もなく哀しい、あわれな男よ。
 わたくしは十五。花の盛りに咲き誇る。だれもがわたくしに憧れる。母がくれたこのかんばせに、だれもが心を奪われるのよ。そう、だれもかれもがわたしくしを……。
「胎(はら)の子は、お兄様のこどもなの」
 わたくしにのしかかり、青ざめるお兄様とうってかわり、組み敷かれたわたくしは、あお向けのまま、乳房も髪も散らしつつ、むしろ涼やかに微笑んだ。
 ねえお母様、その目で見て、やっと信じてくださったでしょう。
 青ざめているあなたは、まるでこの世の不幸をすべてみたようだわ。わたしくの、いやしい姿に絶望したの? 禁忌に触れたつもりでいるの? でも、逃げ道はあるものね。それでも血など繋がってないと。自分は決して奪われていないと。
 わたくしは産むつもりよ。手遅れになるまで、隠していたもの。だって愛しんでいるの。お義父(とう)さまのことを。彼もまた、ただの男よ。お母様の疑いのとおりにね。
 だから見開かれたその目は、暗い驚きに沈んでいても、その奥に、深い安堵があるのでしょう。
 かわいそうなお兄様、はわたくしの上で血の気をうしない、心を飛ばしている。
 かりそめの共寝すら、あのひとの影を必要とするわたくしには、その影すらもいとしくて。死人(しびと)のようなその体を、つつみこむように抱きしめた。
 



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