第77期 #12
山では雌猿たちが、雄猿たちに向かって、こんなことを言うようになった。
「私もあれが欲しいわ」
あれとは、人間の女がしている指輪のことである。ある雄猿が、人間の女の手からクッキーを奪い取ったことがあった。そのとき彼女のしていた指輪が外れて、地面に落ちた。雄猿は、
「何だこんなもの」
とまったく相手にしなかったが、眺めているうちに光りだしたので、猿の彼女にやったら喜ぶかもしれないと、持って帰った。
猿の彼女は、その指輪を、撫で擦ってみたり、舐めてみたり、鼻の穴に入れてみたりしていたが、指に填めてみると一番しっくりしたので、そのまま填めていた。
それを見た雌の猿たちが、羨ましがって、自分の彼氏に頼んだ。
「私にもあれを取ってきて。それまでは婚約しないから」
こう言われたのは、一匹、この彼氏猿だけではない。指輪をした雌猿が、仲間に自慢して見せるものだから、猿の間中に知れ渡ってしまったのである。
雄猿たちは山を下り、観光客の多く集まるところに出没するようになった。
はじめ何を目的に狙われるのか、分からなかったが、被害に遭うのが女だけで、食べ物を手にしていても、狙われない女もいたりして、情勢の分析に時間がかかった。
猿の好奇心からであろうということになったが、森林監視員の一人がたまたま山で、指輪をしている猿を見かけて大騒ぎになった。
地元の観光協会では対策会議が持たれ、次のようなチラシを配って注意を呼びかけた。
当地を旅行される方へのお願い
女性の観光客が猿に指輪を取られるという被害が増えております。当地へ入られましたら、指輪をはずして、猿の見えないところに隠してしまわれますよう、お願い致します。
それでは指が淋しくてならないという方は、猿に取られても、それほど惜しくない、ニセの指輪を填められますよう、ご協力のほどよろしくお願い申し上げます。
これも猿に本物志向が芽生えてくれば、時間の問題ということになるだろう。早くも指輪に見切りをつけて、ネックレスやイヤリングを物色しはじめたきらいがある。帰ってみると、それらが紛失していた、という情報が寄せられている。
ところがそれから一週間もしないうちに、
次のような怪奇事件にまで発展してしまったのである。
道端に、首をもぎ取られた婦人の遺体が転がっていた。愛する雌猿に与えるネックレス欲しさに、どうしてもそこで噛み切るしかなかったのであろう。