第76期 #14
「雪、少ないでしょ?」
空港からの車の中、久しぶりに感じる肌を刺す寒さを紛らわすためにラジオのスイッチを入れた。
懐かしいラジオ番組、昔流行っていたCD、車の中は懐かしいにおいでいっぱいだ。
「今年は全然雪降らなくてさぁ。逆に道路がつるつるで危ないのよねぇ。」
母は今年五十歳になるらしい。確かに髪が少し白くなった気がする。
車は真っ暗な田舎道を通り過ぎて、ちらほらと灯りの見える道へと出た。がりがりと氷が削られる音がするので、車内から外を眺めてみる。車のタイヤは、寒さで凍りついた雪の塊を勢いよく削っている。空はただ暗いだけだ。
「あの人、今どこにいるのかな」
「え、誰?」
「なんでもない」
声に出したつもりはなかったので、母に返事をされて驚いてしまった。なんでもないというふりをして、後部座席のシートをあさると、小さなふにゃふにゃの紙切れが出てきた。
「もう耐え切れないくらい(笑)になったらさぁ→
メールしちゃいなよ!
アドレスわかるっけ?」
手紙交換をしていたのだろう。しかも授業中に。ルーズリーフの切れ端に、前後の内容がつかめない主語のない文章、懐かしくて綺麗とは言えない字。友達のあの子の文字だ。
あの頃、私は恋をしていた。
ささいな会話で仲良くなった、ななめ後ろの席の背の高い男の子。誕生日はいつか、血液型はなにか、兄弟はいるのか、将来はどうしたいのか。
好きな人はいるのか。
毎日毎日、くだらないメールをした。
しかもケータイなんか持ってないから、受信が遅くて絵文字もないパソコンだった。
この手紙は、そんなくだらないメールをするきっかけを私に与えてくれた手紙だった。
ふにゃふにゃだしノートの切れ端だけど、私にとっては大事な手紙だったから、ずっと捨てられなかった。
そんな大事なもの、こんなところに放って置いたんだ。
だめだな、私。
もう耐え切れないくらいメールしたいよ、今。
だけど、もうわからないんだ。
あの人のアドレス。
車はまだがたがたと揺れる。本当に雪が少ないんだ。
また空を見上げると、小さな白い塊がぽつぽつと近づいてくる。
「あ、雪降ってきたね。あんたが連れてきたみたいだわぁ」
母が笑って言った。私の家へと続く長い一本道に、どこまでも続く信号機の灯りが、まるでイルミネーションのように輝いている。
ポケットに手紙をそっとしまった。
「ほんとだね」
今、どこにいるんですか