第76期 #11

新しい神様

「神様の話を聞きに行きませんか?」
 女は、道端で僕を引き止めるとそう言った。
「すぐ近くなんです。時間ありませんか?」
「時間はあるけど、神様には興味ないね」
 そう言って僕が歩き出すと、女は僕の腕を掴んだ。
「ねえ、ちょっと待ってよ」と女は言って、蛇のように腕をからませてきた。「一緒にお茶を飲むだけだったらいいでしょう?」

 僕は女に手を引かれるまま喫茶店らしき建物へ連れて行かれた。店の奥では、牧師風の黒服を着た白髪の男が一人で酒を飲んでいた。他に人は居ないようだった。
「先生、連れてまいりました」と女は言うと僕の背中を軽く押した。
「まあ座りたまえ」と男は赤ら顔で僕に言った。「君、酒はイケるのかね?…そうか、ダメか…」
 男は酒を一口飲むとシャックリした。
「ヒックゥ…。ところでつかぬことを訊くが、君は神を信じるかね?」
「いいえ…」
「ほほう、君はいい筋をしている。なあ、ユミコくん」
 男がそう言うと、女はええそうですね先生と言って頷いた。
「我々の宗教はだな」と男は言った。「神というものを持っておらんのだよ。神は死んだと言われて久しいが、我々の宗教は神が死んだところから始まるのさ。つまり我々の宗教は、新しい神を探すことを目的とした宗教なんだよ…。ユミコくん、酒を持って来てくれ…」
 女がカウンターの奥で酒を探していると、男はア〜とかウ〜とか言いながらソファーにごろんと横たわり、そのままイビキをかいて眠ってしまった…
 女は微笑んで、男に毛布を掛けてやった…

 僕と女は店を出ると、しばらく歩きながら話をした。
「変なことに付き合わせちゃったわね」と女は言った。「先生はね、私の働いてるスナックの常連なの。だからたまに先生のこと手伝ってあげてるのよ」
 僕たちは、疲れた顔の会社員や自転車に乗った学生と擦れ違った。
「私これから仕事なの」と女は言うと僕にピンクの名刺を渡した。「今度うちの店にも遊びにきてよ。じゃあね」
 女は人込みに紛れてすぐに見えなくなった。手を開くとピンクの名刺が、なぜか緑の葉っぱに変わっていた…
 僕はその葉っぱを家に持ち帰り、読みかけだった本のページに挟んだ…

 数年後、僕の妻が本を開いてあの葉っぱを見つけた。僕は彼女に新しい神様の話をした…
「で、そのユミコって女と何かあったわけ?」と彼女は僕を見ないで言った。
 僕は笑った。
「だから、その女は狐だったんだよ」
「馬鹿みたい…」


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