第75期 #8

フォーエヴァー・ヤング

僕は寺門さんを密かにヤングと呼んでいた。
彼は僕よりもだいぶ年上だったにも関わらず、年の差を感じさせないくらい見た目が若々しく、流行にも常に敏感で考え方も今風だった。
勿論本人や同僚の前では「寺門さん」なのだが、どうしても愛称を付けたい衝動に駆られるぐらい僕の中では大きな存在だったのだ。ヤングに連れられて初めてプールバーにも行ったし、タクシーに乗ると御釣りは受け取らないくらい羽振りもよかった。
ヤングは早くに結婚していた。あの頃、子供をつくらないで共働きする夫婦のことをDINKS(ディンクス)といって、マスコミでも大きく取り上げられていた。子供のいないヤング夫妻は時代の最先端をいくかっこいい夫婦像だったのだが、どうやらそれは僕の思い込みだったようだ。奥さんが妊娠したと聞いたのは僕が入社三年目の春だった。ヤングの嬉しそうな姿を見ると、僕も気分が良くなったものだ。何より失敗しても、叱られる時間が短くなったのは好都合だったのだが…。
奥さんが流産してしまったことは係長から聞いた。落ち込むヤングに掛ける言葉も見つからず、無力な自分を恥じた。飲み会があると、遅くなっても必ず迎えに来ていた奥さんを見ていたこともあって胸が痛んだ。しかし、そんなヤングが次に取った行動は驚くべきことだった。

『不倫』

この言葉は、僕にとっては別次元の出来事を差していた。しかもヤングがその当事者になるなんてことは、全く夢にも思っていなかった。
相手の悠美ちゃんは、小柄で大人しくて目立たない女性だったけど、顔立ちがはっきりしていて可愛い子という印象はあった。どういった経緯で二人がそんな関係になったのかは知らない。ヤングが悠美ちゃんの部署に異動になったのは、奥さんが流産したすぐ後だったことを考えると、ヤングの心にぽっかり空いた隙間に、たまたま悠美ちゃんが入り込んでしまっただけなのかもしれない。
ヤングなら、哀しみを仕事に打ち込むことで晴らしてくれると信じていた僕にはショックだった。もっとショックだったのは、不倫が他部署にも知れ渡ることとなった二人が、突然一緒に退社してしまったことだった。理由はどうであっても、「お世話になりました。」の一言も言えなかったことは悔やんでも悔やみきれない。
テレビで紹介されるような流行のスポットに行ってみれば、ヤングならふらっと現れるかもしれないけど。



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