第75期 #7

この部屋は埃がこげた匂いがするの

 面白い小説が書けないのはなんの変哲もないつまらない生活をしているからだ!と派遣のバイトを始めてみたが一日で辞めた。屑だ屑すぎる。一日って、いくらなんでも短すぎるだろ。
「一日っていくらなんでも短すぎるでしょ。」
「・・・そんなことないもん。大体派遣なんてもうちょっと古いよね。」
「そんなことないでしょ。」
 自分でも思っていたけれど他人に指摘されると反論したくなってしまう。悪い癖だ。
「やっぱり得手不得手があると思うんだよね。私に肉体労働はあわないんだよ。」
「得手ってなに?」
「得意不得意ってこと。」
「そっか。」
 彼氏はベッドに寝転がってミカンを食べながら漫画を読んでいる。私の屁理屈には大して興味がないらしい。
 派遣の仕事は色々あるらしいけれど、記念すべき初めての仕事だった工場勤務は私には過酷すぎた。普段コタツに入ってテレビを見たりインターネットをしたり、外に出るのは夕飯の買い物だけというだらけきった生活ではダンボールの荷物を運ぶ仕事でも酷い筋肉痛になった。アパートの階段をのぼるだけで太ももがプルプルする。
 パソコンの電源を入れた。シャラーンという音と共にたちあがる。かちゃかちゃと景気よくタイピングができると、気分がいい。やはり私にはこうしてコタツに入ってミカンを食べながら小説を書くのが性にあうのだ。
「今日の夕飯はどうする?」
「お米あんまりないからパスタにしよう。」
「じゃあカルボナーラがいい。」
「わかったー。」
「まぁさ、女の人は無理して働かなくてもいいんじゃない?」
「そう?本当にそう思う?働かないからって私のこと捨てたりしない?」
「しないよ。」
 なんとなく照れくさくなった。つまり俺が養ってやるということなのか。お前は俺のご飯を作って俺だけのために働いてくれということなのか。それってなんてプロポーズだ。
 彼氏の無防備な背中に抱きついた。頬にキスをしてやる。可愛いやつだ。ついでに首に腕をまわして裸締めをかけてやる。
「ちょ、苦しい!苦しい!!」
「ワーン、トゥー。」
「らめー!!!」
 笑いながら手を離してやる。彼氏も笑いながらキスをしてくれた。ああ、仕事がうまくいかなくても、学歴がなくても、私すごく幸せだ。
「今度私たちのこと小説に書こう。」
「面白いかな?」
「嫉妬されるかもね。」
 フフフという笑い声は布団の中に消えていった。



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