第75期 #6

ミュージック

 いつも考えていることがあった。
どうしてこんなに満ち足りていないのだろう、と。
夢もあるし、恋人もいる、お金がないわけでもない。
それでも私は、渇いていた。

 こんなに何かを求めているのは私だけなんだろうか。
他の誰も、
同じような悩みを抱えている人はいないのだろうか。
疑問に思いながらも、
なんとなく笑って他人の中に埋もれて、毎日暮らしていた。

 そんな私は
今日もいつものように
学校からの帰り道、
一人でなじみのCD屋に立ち寄ってみた。

 セールで半額になっているワゴンの中に
一枚のCDを見つけた。
椅子にぼんやりと座っている男の人の
ジャケ写が印象的で、
まるで私みたいに無気力そうなその人が
どんな歌を歌うのか知りたくて、
そのCDを思わず購入してみた。

 帰宅して、
家族となんとなく食事をしてから
自室に入ってヘッドフォンをして、
そのCDをかけてみた。

 息が止まるかと思った。
ぞくぞくと背中に鳥肌が立ち、
私の知らない音の洪水が耳の奥へと押し寄せてきた。
私の知らない夢と愛と幸せが、
音に乗って色鮮やかに私を抱きしめた。

 もう、どうしようもなく涙があふれた。
全く無気力なんかじゃなくて、思いっきり生きている
その人の人生が、音楽から伝わってきた。
妬ましかった。ズルイと思った。悔しかった。

 そして私も知りたいと思った。
手に入れたいと思った。味わいたいと思った。
夢や愛や幸せ、生きている喜びを。

 私の中に灯った感動という明かりが、
昨日までの日常を壊して、新しい夜を照らしはじめた。



Copyright © 2008 Chiro / 編集: 短編