第75期 #27

森の中のゾンビちゃん

 ゾンビちゃんは森に棲む。森の奥に建てられたあばら小屋にひっそりと。小屋には女の人も住んでいる。彼女の右足は太ももの途中までしかない。ゾンビちゃんの主食はもちろん人肉なのだが、彼女の身体は今のところそれ以上減っていない。
 その昔、たまたま森に迷い込んだ彼女はゾンビちゃんと出会った。ゾンビちゃんの外見は意外と可愛らしい。身体のツギハギは服に隠れているし、斜めに走る顔の傷と右目の空洞以外はどこにでもいる八歳児だ。そんなゾンビちゃんに彼女は警戒心など抱けず、近寄って声をかけ、そして牙をむかれた。後ずさり駆け出した彼女は、しかしゾンビちゃんから逃れられるはずもなく、あっけなく組み倒され、いたぶるような深い笑みを絶望的な気分で見上げることになった。
 彼女がまだ生きているのは偶然によるところが大きい。いつもは内臓をいちばんに食べるゾンビちゃんが、このときはまず右足に食いついたのだ。好物を最後に取っておこうと思ったのかもしれない。皮膚を食い破られ肉を食い千切られ骨をカリカリと齧られる感触に、彼女は森中に悲鳴を響かせた。
 途中でゾンビちゃんはふと食べるのをやめた。目の前には途切れた太ももがある。お腹が一杯になったわけではもちろんない。たとえそうであっても内臓には口をつけるゾンビちゃんだ。ゾンビちゃん自身にも何故食べるのをやめたのかわからない。そうして小首を傾げるゾンビちゃんは、写真に収めたくなるほどキュートなのだが、彼女のほうはそれどころではなく、呻くような悲鳴を上げ続けていた。
 もやもやとした気持ちを抱きながらも、ゾンビちゃんは彼女を小屋に連れていき手当てをした。縫い針と縫い糸で傷口を塞いでいるとき、また小首を傾げる。それは針を刺すたびに上がる豚のような悲鳴と、その昔、自分がゾンビになったときに上げていた悲鳴とが頭の中で重なっただけなのだが、考えるのが苦手なゾンビちゃんにはよくわからなかった。
 今日もゾンビちゃんは森に迷い込んだ誰かを襲う。豚のような悲鳴を聞いたあと、小屋で待つ彼女のために森の動物を何匹か狩って持ち帰った。彼女はそんなゾンビちゃんにそっと手を伸ばし、顔の傷をするりとなぞる。ゾンビちゃんは嬉しそうに目を細め、それからしゃがみ込んで彼女の短くなった右足をぺろぺろと舐める。彼女はくすぐったそうにしながらも、ゾンビちゃんの頭を優しく撫でる。微かに震える指先に、小さく笑う。



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