第75期 #28

ファズ

 イカした服が欲しい。燃やしたい。アスファルト結晶の儚さに泣いたって、冬は狂った亡霊にネクタイでは無く締めて絵に凍りついて詩に張り付いていて。左手で真っ赤に編まれたセーターコートが七万六千円。キリギリスはまだ生きていた。ジャズが遠くから聞こえてくる。壊れたピアノを治そうとしている。
 爆弾を抱えた男とすれ違う。ポスターの向こうへ、駅の向こうへと消えていく。地下道のトランプカードの窓から見える絵画では六十億人には遅く、六百億人には速過ぎて、花が咲いていて、そして地球の向こう側では全く同じように花が咲いていて。
 時計工場が針を飲み込む。工員たちは食堂兼休憩室で朝まで踊り狂うのだ。ファンキーな音楽は時代によって違うからな。全ての悲しみを言葉にすることは出来ないからな。針を噛む。ばきりと音を立てて骨が折れる。
 家に帰り着くと空き巣に入られたのか、全ての部屋の家具が空っぽで、かつ浴室へと詰め込まれていた。一番てっぺんに置かれたテレビは電源が入っていてざあざあとノイズまみれの音声をまき散らしていた。ごちゃごちゃと積み上げられた家具の上にテレビが置かれていたせいか全体がどことなく人形のように見える。正座をした。寒さに震えた。自分の足は本当に骨が入っていた。はばたきの音はノイズにかき消されて聞こえなかった。ニュースがとぎれとぎれに駅前で起こった爆弾テロの様子を伝えていた。五十年に一回必ず破綻する経済。五十年に一回必ず破綻する宗教。五十年に一回必ず起こる大戦争。それらの原因は要するに経済、軍事システムの欠陥、または我々個々の文化やその違いによるのでは無く、我々自身に、我々そのものに問題がある。欠陥がある。間違っている。最初からやり直して今またここにいる。
 ある博士は五感を制御するソフトウェアを開発しています。何も聞こえなくなることが出来ます。何も匂わなくなることが出来なくなります。何も見えなくなることが出来ます。何も触れなくなることが出来ます。何も味わえなくなることが出来ます。なるほどと思った。そして目が千個欲しいと思った。腕が千本欲しいと思った。
 リビングに行くと空き巣達の仲間割れなのか、一人の少女が倒れていた。小さな胸が真っ赤に染まっていた。
「大丈夫か」
 抱き起こす。テレビからジャズが歌う。
「君は誰なんだい」
 一つ目の少女は何も答えず西日を静かに眺めていた。
 そしてそのまま死んだ。



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