第75期 #20

私の夢を見る私

時間はわからない。
今見える世界には時計が存在しない。
これは、私の夢の中。
否、確かに現実としてこの感覚を受け入れている。
しかし、それは眼球から脳への伝達によって見せられる映像ではない。
自分を自分で客観視している感覚。
確かに感じるのに、それは私ではない。
目の前にいる彼女なのだ。

彼女は今薄暗い森の中の中心に居る。
ふわふわでチクチクのわらのクッションの上には、赤い敷物。その上に私は寝転がっている。
彼女は探していたのだ、自分を。
小川沿いを走り、林を掻き分けて、人の文明を棄て、ただ生まれる前に戻りたいと願うかのように走る。

彼女は突然地面から身体を引っ張られた。
沈む身体、上がる潜在意識。
 
気がつくと、彼女は赤い敷物の上に居た。
目覚めた次の瞬間、安堵など感じる暇もなく、彼女は奇妙な感覚に囚われた。
身体の至る箇所からの出血。特に足首の太い血管の出血が酷い。
表情の歪み。
感情のコントロール能力が失われたのか?
しかし、全ては錯覚。

空を覆う雲が言った、

「空想さ。それは、君の求めていた感覚。君の欲望の全てなんだ。」

彼女をジリジリと照らす太陽が言った、

「可哀想に。忘れてしまったのね。欲望だけになってしまったのね。私も、貴女の欲望の一部に過ぎないのね。」

身体の至る箇所から出血しているはずなのに、彼女は全く痛みを感じない。
ただ鮮血の流れを感じるだけ。

彼女は気付いた。

「これは錯覚!」
 
そう、彼女は感じていただけなのだ。
錯覚は、恐怖に形を変え彼女を追い込む。
下に敷かれた赤い大きな敷物と、自分の血の色を同化させ、重ねて見てしまったのだ。
気付いた彼女を雲は嘲笑った。
太陽は悲しそうに微笑んだ。
彼女はまた、現実という世界に産声をあげた。
また始まるのだ。
いや、始まったばかりなのだ。
矛盾に満ちている事が当たり前な事に気づかない彼女は、また走るだろう。
空想を求め、絶望し、救いを求めるであろう。

太陽に向かって。



Copyright © 2008 魅琴 / 編集: 短編