第75期 #14

指の夢

 ――フェンスの網目から、僕達は小指を結ぶ。
 すると監視が跳んできて、棍棒で、床の上で横になっている僕達をぶった。結んでいた小指は引き離され、早く寝るんだと、頭を上から手で強く押し付けてくる。
 僕達は力なく、声も出さず、コンクリートに敷かれた暗く狭い布団の上で、僕はうつ伏せに、彼女は左肩を上にして寝に入る。でも、うつ伏した僕の右手は、乾いた布団の上を這って、布団の縁を出て、彼女との間に立てられたフェンスへ向かう。そして彼女の手が来るのを、そっと待つのだった。
 小さくて、どこか器用で、僕より行動的な彼女の手。僕はただ、彼女が来るのを待っていた。
 彼女の伸ばした右手もフェンスの傍まで来て、髪を留めていたゴムを握っていて、その桃色のゴムで、フェンスの下で、僕の小指と自分の小指を、痛くもなく、緩くもないように、静かに結んだ。僕は指が結ばれる中、動かず、目も開かず、ただただじっとしていた。
 フェンスの下の、指がやっと通る程度の、冷たい地面との隙間の中で、結んだ小指が見つからないように、互いの小指の側面だけをそっと触れさせ、僕達はどこかほっとして、静かに寝に入るのだった。
 監視が僕達の周りを歩いていて、足元を過ぎたと思えば離れていき、離れたと思ったら頭の上を通り、また離れていく。
 しかし棍棒で打つ音がしたと思えば、彼女の小指が強く引き離されて、ゴムはどこかへ跳んで行き、またか、またかと、監視が棍棒で執拗に打つ中で、彼女は左手と、さっきまで僕の隣に居た右手で頭を覆い、一言も口にせず、フェンスの向こうの壁で、何度も何度もぶたれたのだった。
 僕の意識は、それを知っていながらも、目も開かず、体も寝入ったように動かさず、動いたといえば、彼女の小指が離れた時に、右手が小さく弾かれただけで、彼女が打たれ続ける中も、僕は何一つ、体を動かそうとはしないのだった。
 目を閉じていても、影が浮かんできて、彼女はただただ耐えていて、棍棒を持つ監視は女で、どこか見たことがあると思えば、見たことがないようで、段々と、監視の服を着た僕の母のように見えてきて、そして僕の親戚が合わさった顔のように見えてくるのだった。
 僕は、動かず、声も出さず、フェンスの縁に添えた右手をそのままに、彼女が暗闇で打たれ続けている中、僕の右手は冷たいコンクリートに体温を奪われながら、何もできず、ただただ、じっと待ち続けるしかできない。



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