第75期 #13

梨葬

 議論。検討。討議。活発な発言。解決に対して前向きな姿勢。ゆれる。異論。反論。妥協。時間の経過。男女の対話。
 男のほうの結論。
「俺たちは幼馴染ではない」
 女のほうの結論。
「幼馴染です」
 男は大学生だった。女は大学受験生だった。
 四時間におよぶ二人の平行線をたどった会議のアウトプットは彼と彼女の関係をどう呼ぶかについてだった。
 男の主旨。
「三歳も離れているし今は俺が受験勉強を教えてやっているのだから家庭教師と生徒」
 女の主旨。
「それ以前に家がお隣で小さな頃から知っているもの同士なのだから幼馴染」
 秋のことだ。

 志望校対策にそろそろ注力しますと女が宣言してすぐの秋のことだ。男の祖母が倒れた。二人は病院で祖母と対面した。
 祖母が言う。
「明日にも死にます」
 男が言う。
「そうか」
 女が言う。
「そうか。じゃないでしょう」
「本当のことだ」
 男は祖母の手を握った。女はくるくると梨を剥いていた。梨は祖母の好物だった。女が梨を祖母の口元へ運ぶ。祖母は口角から滴をたらしながら小さくカットされた果実を噛み砕く。祖母は棺に紅葉した木々の葉と梨を詰めて亡骸を燃やしてくれと特異な願望を告げた。
「梨葬にしてほしい」
 はい。女がうなずいた。
 祖母が訊ねた。
「二人は交際しているのか」
 女が答えた。
「いいえ」

 巷にうすく闇がぬられている。見舞の帰路で男が言った。
「あまり気に懸けるな」
 女は言った。
「交際について?」
「ちがう勉強のこと」
「かっこつけていただけか」
「なにが」
「明日にも死にますという人に粗末な返事をしたこと」
 女は自宅近所の児童公園に寄道することを提案した。一分後に二人はブランコで宙を漕いでいた。街灯。ベンチ。夜。女の唇。ジャングルジム。祖母との記憶。砂場。ブランコ。ゆれる。三〇分の経過。男は泣きだしていた。死なないでくれと呻く。
 女のせりふ。
「ばかねえ」

 正月明けに祖母は他界した。長持ちしたと親戚は言い合った。
 女がささやかな梨葬を実行した。懐紙に包んであった梨の種を棺の祖母の顔面に配置する。涙の跡のように頬にならべる。
 男がそこから二粒を摘みあげて祖母の両の瞼の上に置いた。女は控え目にわらった。
「不謹慎」

 それからあまり時間はかからなかった。男が女のほんのり赤みを帯びた梨色の乳首を前歯であまく齧りつく関係に至るのに。
 その新鮮な突端の色が腐った梨の表面の色になるまで二人は続くかもしれない。



Copyright © 2008 qbc / 編集: 短編