第74期 #7

雨の日に

 親友のレナちゃんはいつも歌うことと笑うことしかしなかった。友達とケンカしても、先生に怒られても、絶対に涙なんか見せたりしなかった。この部の部長で歌が誰よりも上手で、みんなから頼りにされているレナちゃんは、全然泣いたりしなかった。だから私はひとりで勝手にレナちゃんは強いんだって思い込んでいた。
 そう、あれは雨の日だった。三年生には最後になる夏の大会で全国大会に進めなかったことについて先生が長い長い話をした。たった30分だったのに、それが何時間にも感じられた。先生の話が、お経みたいに聞こえた。みんな泣いていた。たいして悲しみも悔しさも湧かないのに、私も何故か泣いていた。
 レナちゃんは泣かなかった。ただ一人で先生のほうををスッと見つめ、少しだけ悲しそうな顔をした。
  部活動終了のチャイムが鳴って、私たちを校舎の外へと押し出す。レナちゃんは笑顔で「バイバイ」と私に手を振った。私もいつもどおり「バイバイ」と小さく手を振り返した。
 校門を抜けると、朝は明るかった空から雨が落ちてきた。まだ夏が終わったばかりなのにかすかにブルッと震えが来た。
 傘を忘れて、私は屋根のあるバス停まで一気に走りぬけた。カラフルな傘が通学路には並んでいて、私は無理やり間を通り抜けた。みんなに傘を忘れたことを気づかれたくなかった。
 私のほうが先に学校を出たはずなのにバス停にはすでにレナちゃんがいた。雨に混じって、そのときは気付かなかった。
 レナちゃんは傘をささないまま、ぽつんと一人で立って、音も立てずに静かに泣いていた。私はその場にいたのに何もできなかった。部長で頼りにされているレナちゃん。そんなのは全部偽物のレナちゃんのように思えた。みんなの悔しさを一番知っているレナちゃんが、あの場で涙を流さずにいられるわけがない。どうしてレナちゃんを強いと思ったのか、そのときの私には分からなかった。
 人は決して強くなんかない。レナちゃんは強がっていただけだ。
 レナちゃんが泣くのを初めて見た。
 ある雨の日のこと。


 



Copyright © 2008 暮林琴里 / 編集: 短編