第74期 #6
私は今ある病院の屋上で、頑張ってフェンスをよじ登っている。
私がこのような状況になった過程を読者に説明したいのだが、正直面倒だ。
さっき遺書代わりに日記を書いたから読んどいてちょうだい。
九月二十八日。真っ白な壁が四方を囲む病室で横になり日記を書いている。あーすごく暇だ。すごく暇だ、と日記に書いてしまっている自分が情けない。
毎日きてくれるのは担当医の鈴木先生だけ。ナマケモノみたいな顔をしている割にテキパキ働く。
十七歳。高校生。夏。一番青春を謳歌するこの時期に病室で一人横になっている私。窓越しに天気が冴え渡り、セミの甲高い声が響く。外から子供達のはしゃぎ声も聞こえる。
「ふふっ」自分を哀れんで笑ってみる。
今私がこんな惨めな状態になった原因は「ペプシコーラ」だ。
入院直後、先生の口から説明された。「炭酸飲料の飲み過ぎで体が衰弱しています。特に骨が」。なーにが骨だ。ペプシコーラごときに私の骨が負けているとでも言いたいのか。畜生が。この軟弱な骨が。
毎日ペプシコーラを飲んでいたら、徐々に体に虚脱感が襲ってきて、ある日立つことも出来なくなってしまった。自業自得と言われれば言い返せない。だってしかたないじゃん、好きなんだもん。
本当に可哀想なのは、むしろペプシコーラだ。ペプシコーラが大好きで飲み過ぎたという原因で屋上から自殺。そしてペプシコーラは十七歳という女の子を自殺に追いやった罪を一生背負っていかなければならないのだ。
「ざまぁ見ろ」
以上がさっき書いた日記だ。感想はあえて聞かない。言わないでちょうだい。
それより今の心境を聞いてくれる?
今は飛び降りる恐怖心より、右手の手首が痛むの。
さっき廊下ですれ違った自販機に殴りかかったことが原因。だってしかたないじゃん。自販機の中からあの憎たらしいペプシコーラが私を見下しているのよ。耐えるに耐え切れなかったわ。
後ろの屋上扉が鈍い音をたてて開く。
げっ、鈴木先生だ。のそのそと歩いてくる。あ、よく見るとナマケモノじゃなくってチンパンジーに似てるかも。
「…私に何か用ですか?」
「この間の精密検査の結果がでました。今日中に退院できそうですよ」
「え?ほんと!?」
「ええ。でもペプシコーラは控え目でおねがいしますよ」
「はーい」
なんかテンションがあがってきた。
さっきの自販機の前を通る時、お金をいれてペプシコーラを買ってやった。