第74期 #5
レイリー・ロットは有名だった。
酒場“愉快なゴブリン亭”の片隅でジンを舐めている彼は、まだかけだしの魔法使いで、冒険の経験はあまり多くはなかったが、知らない者はいなかった。
その理由は、くしゃみだ。
彼はくしゃみをするたびに、途轍もない魔法が使えた。くしゃみの勢いを利用すれば彼はなんでもできた。
ダンジョンの最深部でモンスターに囲まれたときも、レベル100のミミックに襲われたときも一発、くしゅん、で片づいた。
だが、いつもそんな都合よくくしゃみが出るとは限らない。一月前のクエストでは、くしゃみが出ないせいでグリズリーの昼飯になりかけた。
以来、レイリーはコショウのビンを常に持ち歩いている(といっても今度、グリズリーにあったら、自分で塩コショウしてあげようというのではない)。
だが、コショウは値段が高い。かけだしの魔法使いがほいほいと使えるような値段ではなかった。彼はコショウ以外の対策として、常にパンツ一枚の格好で過ごした。
「あんたが、レイリー・ロットだな」
レイリーが顔をあげると、鎧に身を包んだ男が立っていた。一目見て戦士系だとわかる男だった。小さくうなずくと、男は話を続けた。
「仕事を頼みたい。イル氷原の奥にあるという伝説の剣を取りにいく。オレのパーティーに加わってくれ」
男が提示した報酬額は、申し分のないものだった。レイリーはふたたび小さくうなずいた。交渉成立後、鎧の男はいった。
「その格好で行く気か?」
「そうだ」
「服を着たらどうだ」
「……」
「氷原は寒いぞ」
「……」
「風邪をひくぞ」
「……」
「なんとかいったら、どうなんだ?」
「……オレは風邪をひきたいんだ!」
だが、かなしいかな、レイリーは風邪らしい風邪をひいたことがなかった。パンツ一枚でイル氷原にむかっても、彼は元気そのものだった。エリアボス“冬将軍”のところにたどり着いても、鼻水ひとつ垂れてこない。窮地だ。レイリーはやむなくコショウを使うことにした。だが、しかし――、
ふたが凍りついていて、あかない!
レイリーは青ざめた。
一方、そのころ、“愉快なゴブリン亭”。
「あれ? マスター。アイツは? いつもコショウのビンを横に置いてる裸の変態魔法使い」
「レイリーかい? クエストに出かけたよ。今ごろ、イル氷原じゃないかな」
「あの格好でかい? よくやるよ」
くしゅん!
レイリーたちは無事、伝説の剣を手に入れることができた。