第74期 #17
「好きな子って、いる?」
同級生が、唐突に俺に話しかけてきた。
こいつとは普段それほど仲が良いわけではない。ましてそんな腹を割った話をするような間柄とは到底思えない。
だが、こんな話しかけ方をするのも無理は無いと思う。なにせ現在は修学旅行中、そしてこの話題は最もポピュラーなものと言える。
そんな特殊な状況も手伝って、特別親しくない俺にもそんなことを聞きに来たのだろう。
ここで、俺に正直に答える義理など無かった。
適当に受け流せばよかった。こいつは俺がそんなに真剣な答えをすることを望んではいないだろう。
そして、そんな打算を抜きにしても、こいつに答える名前を俺は持ち合わせていない。
別に、いない。そう言いかけたが、どうしても声に出すことができない。
──脳裏に、どうしても彼女の姿が浮かんできて。
あの、笑顔。あの、無垢な笑い声。どんなに嫌な目にあっても、決して歪むことの無かった強い心。そして、死の瞬間に見せた、微妙な表情。
もうずっと姿を見ていないのに、彼女の姿は俺の頭から離れる事はなかった。
彼女は、確かに俺の中で生きていた。だが、事実として彼にとってはいない人間なのだ。そんなことをここで言っても空気が重くなるだけだ。ここではいないと言うのが模範解答だ。
だが、脳で出した結論に、俺の体はかたくなに逆らっていた。
そして、勝手に口は動いた。俺の意志に逆らって。
「いるよ」
同級生は、驚いた。真偽に関わらず、俺が否定することを予想していたのだろう。が、その様子もせいぜい1秒ほどで収まり、俄然好奇心を発揮しながら聞いてきた。
「何? 誰? うちの学年か?」
ここまで来たら、特別気を使うこともない。正直に話してやろう。
「いや、会えないんだ。俺がどんなに願っても……」
俺の返答を聞き、同級生は、目を丸くしている。当然だ。普通こんな解答が返ってくるとは思わない。
「それって……つまり……?」
俺は、すぐに答えた。
「俺たちとは、違う世界にいるってことさ」
「……そうか」
「そう、あっちの世界にな」
俺は、そう言って、ホテルにあったパソコンを指差した。
もう修学旅行も4日目だ。4日も家に帰れないなんて…。早く帰ってパソコンを立ち上げたい。
それにしても彼女の死のシーンは本当に泣けたな。帰ったらDVDを見直そう。
俺は、先ほどよりも更に目を丸くしている同級生を尻目に、そんなことを思っていた。